トランプ外交と環境政策は「脱・マニュアル」で
2025/05/16(Fri)
文:(M)
「芽吹き始めた草木に、春の暖かい日が差し込む…」。出席した卒業式で聞いたあいさつの冒頭だ。
この日、東京は真冬に逆戻りした寒さで、雪が降っていた。祝辞で語られた情景と、積雪のある校庭の光景にギャップがありすぎて、心の中で失笑した。同時にあきれた。どうしても原稿をそのまま読まないといけないのか。大人なら雪の日の門出に触れる臨機応変さがあってほしかった。
融通のきかない様子を見て、作家の東野圭吾さんの「マニュアル警察」という作品を思い出した。推理小説家の著者にしては珍しい短編コメディーで、妻を殺した男が自首しようと警察署に出頭する場面から始まる。女性警察官に署で取り扱い中の事件かと聞かれ、男が「殺してきたばかり」と告げると、「事件の通報手続きをとって下さい」と窓口を案内される。
行った先の担当者から男は「第一発見者」扱いにされ、捜査員からは「奥さんが亡くなられました」「犯人への心当たりはないですか」と手順通りに声をかけられ、なかなか自首できない。
事件発覚前の自首がマニュアルにないためだ。
トランプ米大統領には、通常の外交マニュアルは通用しないだろう。常識外の高率の関税を課すと言い出し、発動した途端に停止する。赤沢亮正経済再生担当相が渡米すると、トランプ氏自らが交渉相手に名乗り出るなど展開が読めない。石破茂首相は「外交上のやりとりであり、言及を差し控える」とマニュアル通りに答弁したが、日本のリーダーとして国益を守る判断を下せるのだろうか。手腕が試される。
環境政策も既存のマニュアルは通用しない。気候変動が進行し、自然災害が多発しているからだ。海外では規制が強化されている。日本が例年通りに対策予算を執行して「現状維持」にできたと思っても、実際には「後退」している可能性もある。マニュアルがあると便利な面もあるが、頼りすぎると思考停止に陥り、必要な決断を遅らせることがある。卒業式のあいさつや小説のように笑い話で終わるなら良いが、外交も環境政策も手遅れになるとダメージが大きい。マニュアルに依存しすぎない臨機応変な判断を政治家や政府に期待したい。
東京ビッグサイト風景と我が国再エネ技術力
2025/02/28(Fri)
文:(水)
2月19 〜2 日に東京ビッグサイトで開催された「スマートエネルギーWeek( 春)2025」はさながら中国のどこかの会場ではないか、と錯覚するほど中国カラーに溢れた展示と取引商談が目についた。出展社数が約1600 社の会場は太陽光発電展(PVEXPO)、ゼロエミ火力発電展、
風力発電展、水素・燃料電池展などのゾーンに分かれていたが、圧倒的に中国系企業等のコマが多く、入場者もその団体・グループが多く見られ、中国語が盛んに飛び交っていた。それだけではなく、会場のスタッフにも若い中国女性が目立ち、戸惑いながら業務をこなしていた。
我が国はこの18日、脱炭素化社会づくりと再生可能エネルギーを主力電源とする「GX2040ビジョン」など3 国家戦略を閣議決定した。産業構造の改革とエネルギー自給率向上に直結する再エネ産業の自立化は待ったなしの課題としたものだが、主力の太陽光発電ビジネスでは機器導入の7 〜 8 割が中国製と言われており、国内関連企業は霞んでいる。
この展示会で目当てにしていた風力ゾーンの五洋建設コマに行ってみた。先月、同社は政府が導入拡大に最も力を入れている洋上風力の建設に不可欠な「大型基礎施工船」(HLV) の建造契約をシンガポールのSeatriumGroup等と契約したと発表。28年5月に完成させ、同年秋から
の稼働を予定する。芙蓉総合リースとの共同保有で、建造費は約1200 億円、電力ケーブルの敷設に必要な「大型作業船」(CLV) 建造費約310 億円を加えると、約1500 億円超の先行投資となる。
同社はZEB建設でも知られるが、洋上風力分野にも積極的でSEP船(風車据え付け船)を複数所有する。今回のHLV等建造は28 年以降本格化すると見られる浮体式の導入を見込み、15MW〜20MW級風車据え付けに必要なモノパイルが施工できる5000t 吊り全旋回クレーンを搭載するなど、自航式では世界最大級になるという。ただ、残念だったのはこの商談過程において、日本の造船メーカーは受注できない理由をさんざん示したが、契約したこのシンガポールの造船会社からは一発で「我々は十分にできます」との答えが返ってきたことだと、関係者は自嘲気味
に語っていた。
米国トランプ政権の4年、試される気候危機への対応
2025/02/21(Fri)
文:(水)
国立環境研究所と宇宙航空研究開発機構( JAXA ) が打ち上げている人工衛星「いぶき」( GOSAT ) の観測によると、地上から上空までの地球大気全体のCO2 平均濃度は2024 年に421ppm となり、この10 年超の観測値としては最高を記録した。2010 年は388ppm だったが、最近1 年間の増加量が平均3.5ppm になっているという。
また、欧州連合( EU ) の「コペルニクス気候変動サービス」は今年1 月の世界平均気温が13.23℃となり、1 月としては最高を記録したと発表。産業革命前(1850 〜 1900 年) の1 月の平均よりも1.75℃高かったとしており(2.1 付毎日新聞)、日本の「いぶき」の観測結果を裏付けた。
地球危機の兆候はまだある。米ロサンゼルスであった最近の大規模山火事(1 万6000 棟以上の建物消失) は、地球温暖化による高温・乾燥化・少雨などの気象条件が重なって約35% 増の発生頻度になっていたという調査結果を国際研究チームのWWAが発表している(前出)。
再度の登板となったトランプ米大統領は選挙戦での公約通り、国連気候変動枠組み条約を推進する「パリ協定」からの脱退を国連事務局に通告、1年後には世界第2 のCO2 等排出国が削減対策を放棄することになる。またシェールガスの増産、アラスカのノーススロープ石油・天然ガス開発など化石燃料使用への回帰を鮮明にしており、国際的な温暖化対策の推進に急ブレーキがかかるのは間違いない。日本政府関係者には、米国はすでに州レベルや市場取引で脱炭素化ビジネスが浸透しており時計の針を元には戻せないとの楽観論もあるが、果たしてどうだろうか。
第一に危惧されるのは昨年12 月のCOP 29 で合意された2030 年までに気候変動対策資金年間3000 億ドルという合意の行方だ。すでに、トランプ政権は国連活動のための運営費用やWHOなどへの拠出金を減額・停止する方針を示しており、一連の活動縮小につながりかねない。気候変動対策の影響では最大の排出国・中国も米国に追随する可能性( 逆の見方もあり) とともに、国際的な対策効果の無力感( 野心の減退) に陥る可能性が大きい。「地球沸騰時代」と指摘されるいま、反温暖化対策に掉さすトランプ政権はこれから4年続く。されど4年しかし4年という時間に国際社会はどう立ち向かうのか、かつて環境立国を標榜した我が国の主体性も問われている。
【これより古い今月のキーワード】