北京紀行点描
2025/07/18(Fri)
文:(水)
4月中旬、トランプ米大統領の相互関税問題で張り合う中国経済社会の実情とCO 2排出大国としての再生可能エネルギーに対する取組状況などを見たいと考え、1週間ほど北京に滞在した。
実は中国訪問は三度目で、前回は15年以上も前になるが北京の街中には中高層ビルがあまりなく、ちょっとした通りに入ると沿道には屋台の店や古ぼけた椅子に座っての散髪、縁台将棋などの風景が広がり、生活の匂いがそこはかとなく伝わってきて、それほど異国という雰囲気はしなかった。
ところが、今や北京の街は一変していた。ここ10数年の急速な経済成長を物語るように、官庁街を筆頭に巨大ビル群の連続であり、幹線道路や高速道路も整然と整備され、かつては目立った道路脇の砂埃が立っていた空き地も、その大半がみどり豊かな商店街や業務・住宅地などに整
備されていた。何よりも驚いたのは、北京から高速道路で50分ほどかかる天津市までの間、高さ50mから60mはある中高層の鉛筆ビルが30ヵ所以上あって、その大半が住居用マンションといわれ、中国南部の農村地域からの出稼ぎ者向けのようだ。そうした建坪空間の少ないノッポビルは大地震が来ればひとたまりもないが、この200〜300年間地震発生がなかったためか、北京市民はほとんど気にしていないという。
これだけの中高層マンションの乱立やスマホ社会( 生活の大半の手段にスマホを活用) の常態化となれば、電力の消費量はうなぎのぼりとなるはずで、その電源確保も容易ではないはずだ。
しかし、北京の街中をはじめ天津までの移動中においても、太陽光発電パネルの存在は全く見かけなかったし、他の再エネが立地している光景も見当たらなかった。ようやく天津市の港に近くなって、風力発電の風車が5〜 6基程度見えてきた程度だ。
その理由を大手新聞社北京支局の関係者に尋ねたが、北京周辺は緯度が高く太陽光発電の効率が悪いからではないかとの答えだった。それにしても、中国は今や太陽光と風力発電機器市場のシェア7割以上を占める再エネ輸出大国であり、しかも低廉な価格での世界市場席巻はトランプ相互関税の標的にもなっている。世界第一のCO2排出大国ならば、あらゆる手段を尽くすという意味で電力の急増地域にこそ再エネ開発を急ぐべきだろう。
熟練工が手を止める時、日本も止まる
2025/06/20(Fri)
文:(宗)
最近、テレビでヤマサキという会社のCMを見かけるようになった。高炉の耐火レンガを積み上げる築炉工が「炉が無いと鉄は生まれない。だから僕はその手を止めない」と言う内容で、鉄鋼業を支える職人を描いている。
製鉄の中心的存在でもある高炉は、20年程度で「巻替え」という大規模改修をしなければならない。高炉を輪切りにして分解し、内部の劣化した耐火レンガを剥がし、新しいレンガを一つ一つ積み上げていくという、地道な作業だ。多くの築炉工を動員して作業を進めていくのだが、レンガを緻密に積み上げる技能は一朝一夕で得られるものではない。それにも拘わらず一度巻替えが終わると、同じ高炉での次の仕事は20年も先。そのため各製鉄所で築炉工を抱えておくことは出来ない。従って築炉工は各製鉄所を回って順次仕事をこなすことになるが、それでも仕事の山谷が多く、熟練した築炉工の維持や育成は鉄鋼業にとって重要な課題だ。
その築炉工を将来的に維持できるかどうかは20年前から大きな問題だった。技術の習得には10年という時間と多くの工事経験を必要とするが、国内の高炉の数が減っていくなかで、複数の会社が巻替えで競合を続けると築炉工の維持・育成が出来なくなる。そのため以前は3社程度
が行っていた巻替え作業は、最終的に日鉄系に集約された経緯がある。しかし、築炉工の高齢化と典型的な「3K」の仕事で若い人が入ってこないことは長年の宿題となっていた。築炉工を確保することが出来なければ、高炉を動かし続けることはできない。「いつまで高炉操業を続けられるだろうか」という悲痛な声も聞こえてくる。
そういうこともあって、ヤマサキのCMを見てまずは築炉工をまだ維持できていることを確認できて安心した。このヤマサキという会社は、築炉工を維持していくため、高等学校卒業者を対象とした1年間の職業能力開発校を自社で運営している。これまで同社が築炉工を維持できたのは、こうした企業努力の賜物といえるだろう。
熟練工は製鉄だけではない。最新のガスタービンや原子力機器の製造や施工など、発電設備建設にも欠かせない。彼らが「その手を止めない」と言ってくれる間は良いが、担い手がいなくなった瞬間、日本の産業全体も止まるのだろうか。
トランプ外交と環境政策は「脱・マニュアル」で
2025/05/16(Fri)
文:(M)
「芽吹き始めた草木に、春の暖かい日が差し込む…」。出席した卒業式で聞いたあいさつの冒頭だ。
この日、東京は真冬に逆戻りした寒さで、雪が降っていた。祝辞で語られた情景と、積雪のある校庭の光景にギャップがありすぎて、心の中で失笑した。同時にあきれた。どうしても原稿をそのまま読まないといけないのか。大人なら雪の日の門出に触れる臨機応変さがあってほしかった。
融通のきかない様子を見て、作家の東野圭吾さんの「マニュアル警察」という作品を思い出した。推理小説家の著者にしては珍しい短編コメディーで、妻を殺した男が自首しようと警察署に出頭する場面から始まる。女性警察官に署で取り扱い中の事件かと聞かれ、男が「殺してきたばかり」と告げると、「事件の通報手続きをとって下さい」と窓口を案内される。
行った先の担当者から男は「第一発見者」扱いにされ、捜査員からは「奥さんが亡くなられました」「犯人への心当たりはないですか」と手順通りに声をかけられ、なかなか自首できない。
事件発覚前の自首がマニュアルにないためだ。
トランプ米大統領には、通常の外交マニュアルは通用しないだろう。常識外の高率の関税を課すと言い出し、発動した途端に停止する。赤沢亮正経済再生担当相が渡米すると、トランプ氏自らが交渉相手に名乗り出るなど展開が読めない。石破茂首相は「外交上のやりとりであり、言及を差し控える」とマニュアル通りに答弁したが、日本のリーダーとして国益を守る判断を下せるのだろうか。手腕が試される。
環境政策も既存のマニュアルは通用しない。気候変動が進行し、自然災害が多発しているからだ。海外では規制が強化されている。日本が例年通りに対策予算を執行して「現状維持」にできたと思っても、実際には「後退」している可能性もある。マニュアルがあると便利な面もあるが、頼りすぎると思考停止に陥り、必要な決断を遅らせることがある。卒業式のあいさつや小説のように笑い話で終わるなら良いが、外交も環境政策も手遅れになるとダメージが大きい。マニュアルに依存しすぎない臨機応変な判断を政治家や政府に期待したい。
【これより古い今月のキーワード】