今月のキーワード エネルギージャーナル社

今月のキーワード
[過去244〜259 回までの今月のキーワード]


「知」をいち早く「富」につなぐシステムを
2012/10/31(Wed) 文:(山)

 京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授のノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった。山中さんの業績は万能細胞(iPS細胞)の開発である。2006年にマウスの皮膚細胞に4種類の遺伝子を導入するだけで、生体を構成するさまざまな細胞をつくりだすことができると発表。07年にはヒトの皮膚細胞からiPS細胞をつくることに成功した。
 万能細胞は神経や心臓などのさまざまな細胞をつくり出すことができる細胞である。
 難病の再生医療、病気の原因解明や患者ごとに最適な薬の開発、副作用のチェックなどに有効と期待されている。世界の多くの研究者から相次いで研究成果が報告され、偽物が出るほど(?)iPS細胞は医学分野で最もホットな研究テーマの一つとなっている。
 自然科学分野での日本人(米国籍含む)のノーベル賞受賞者は1949年の湯川秀樹教授から数え、山中さんを含めて17 人になった。湯川教授から20世紀後半の50年は5人だったが、00年からは13 年間に12人が受賞する快挙となった。
 一方で、わが国経済はバブル崩壊後、20年にわたり低迷が続いている。それはモノづくりによって高度成長した成功体験から抜け出せていないことが一因である。経済のグローバル化が進み、新興国が同じモデルで追い上げてきている中で、変わらなければ成長は難しいと感じる。これからは研究に支えられた産業を主力にしていくことが、わが国の進む方向の一つではないだろうか。医学だけでなく、環境・エネルギー分野などでも同じことがいえる。
 そのためには狭い分野を深く掘り進む基礎研究を重視し、それらを融合して新領域を切り開き、その成果を産業応用につなぎ、効率的なモノづくりを実現するといった多くの種類の研究人材をバランスよく育成することが重要だ。研究成果の実用化には何十年もかかるのだから、人々の潜在的ニーズを見通す研究者も必要だろう。
 つまり、知恵を出して、それが富につながっていく社会を目指さなければならない。
 「知」をすばやく「富」につなぐシステムを充実させることが、「知の大競争時代」といわれる21 世紀を勝ち抜くポイントである。それには多様で層の厚い研究人材が必要で、そのためには若者の理科離れ、理工系離れに歯止めをかけることが求められる。



振れ幅大きい温暖化対策と原発ゼロへの危惧
2012/10/18(Thu) 文:(水)

 わずか2年前までは「環境先進国」として世界の地球温暖化対策のリーダー格だったわが国の対応が風前の灯となりつつある。政府が先月決めた「革新的エネルギー・環境戦略」では、鳩山由紀夫元首相が高らかに国際公約していた2020年に1990年のCO2等排出量比△25%とした削減目標を修正。2030年に概ね2割程度削減に後退、今年末の温暖化対策枠組み国際交渉においても、すでに事務局へ提出していた削減目標登録の見直しや京都議定書の第二約束期間への不参加など、目を覆うばかりだ。
 国内のCO2等削減対策も急ブレーキがかかりつつある。前述のエネ環戦略方針に沿った新たな温暖化施策を環境省は年内にも策定する方針だが、京都議定書の第一約束期間が終了する今年度まで5年間のCO2排出削減目標義務(1990年排出量比△6%)を達成できない可能性が高いほか、そうした劣等生のままで来年から本格的に始まる次期枠組み交渉においても、受け身の姿勢のままだ。ところが皮肉なことに、今年10月から地球温暖化対策税(環境税)が施行、私たちが利用する電力・ガス・石油などにCO2の排出抑制を図る目的から一定額が課税され、それを原資とする再生可能エネルギー導入拡大のための予算措置が500 億円以上にのぼる。国民から見れば、環境保全のために税金を払っているのに、国内外では温暖化対策の相次ぐ後退が進むという割り切れない状況になっている。
 もちろん、こうした温暖化対策の後退は未曾有の大被害となった昨年の東日本大震災と福島第一原発事故の後遺症であり、経済活動や電力供給の確保が環境対策よりも最優先にならざるを得ないという事情があることは容易に理解できる。しかし、わが国のエネルギー・環境政策の展開の基軸があまりにも振れすぎるのは、それ自体が大きな問題と言えよう。
 例えば大震災前のエネルギー政策では、国内CO2削減方策の60%以上を原子力発電の稼働と新増設に依拠、さらに2030 年頃にはその原発の割合を2倍程度に引き上げCO2削減方策のエースとしていた。
 それが今回、原発については「30 年代にゼロとするようにあらゆる政策資源を投入する」と180 度の方針転換となった。そして、CO2削減方策のエースは分散型エネすなわち再生可能エネ拡大となり、一種のバブル状況まで引き起こしているが、今後いつ振れ幅の大きいCO2削減対策や原発と同じ対応になるかもしれないと危惧してしまう。



再生可能エネの普及は期待ではなく必達目標
2012/10/04(Thu) 文:(山)

 昔の話で恐縮だが、2009 年9月、当時の鳩山由紀夫首相は国連総会で「新しい日本政府は、温室効果ガスの削減目標として、90 年比で言えば20 年までに25%削減を目指すという非常に高い目標を掲げました」と演説した。09 年11 月には住宅用などの太陽光発電(PV)の余剰電力買取制度が始まった。
地球温暖化対策の「非常に高い目標」を実現するため、温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギーへの期待が高まったのである。こうした状況の中で、私たちは再生可能エネの普及、関連産業の健全な発展を目指して専門誌の発行を企画し、10 年10 月1日に「時報PV+」を「週刊エネルギーと環境」の姉妹誌として創刊した。
 それから半年もたたないうちに東北太平洋側が地震と津波に襲われた。同時に福島第一原子力発電所が炉心溶融事故を起こし、放射性物質を環境中に放出した。発電中に温室効果ガスを排出しない原発の事故により、再生可能エネへの期待が一層高まった。
 この夏、政府はエネルギー・環境に関する選択肢を提示し、国民的議論を求めた。多くの国民が30 年に原発ゼロを支持する意見を表明した一方で、経済団体首脳らは原発なしでは経済が立ち行かないと原発維持を訴えた。エネルギー・環境会議は「30 年代に原発ゼロ」を打ち出したが、政府は閣議決定せず、あいまいな状態だ。
 いずれにしても原発が発電電力量の30%近くを担うことは難しいだろう。再生可能エネの普及は期待ではなく必達目標となった。日本は化石燃料もウランも輸入に頼る。これらは長い目でみれば、枯渇する資源である。再生可能エネは“国産”で枯渇しない、使用済み燃料の処理も不要である。
 どこの国にとっても究極のエネルギーである。問題はコスト。手ごろな値段で手に入れば、どこの国でもほしがるということだ。再生可能エネを中心としたスマートコミュニティなどを、日本が競争力のある産業として確立できれば、システム輸出も可能になるだろう。



原発ゼロへの痛みと困難さにどう向き合う
2012/09/12(Wed) 文:(水)

 政府のエネルギー・環境会議は、民主党が今月6日に提言した「2030 年代に原発稼働ゼロを可能とする」を踏まえ、わが国が「原発ゼロ」を目指す方針を最終的に打ち出す。
 締切りの関係で、その中身を見ることはできないが、いずれにしても大変なエネルギー政策の転換である。ただ、これはまもなく訪れるであろう「原発縮小」がもたらす大混乱の序章に過ぎないかもしれない。
 その一つが青森県との関係である。同県はこれまで、政府が示してきた“ブレない原子力推進政策”を全面的に信頼、六ヶ所村を中心に核燃料サイクル路線の要である使用済燃料の再処理事業や高レベル放射性廃棄物の保管、中間貯蔵施設や東通原発の立地などに協力してきた。 1998年には「再処理事業の実施が著しく困難となった場合は使用済燃料を施設外への搬出を含め、速やかに適切な処置を講ずる」との約束文書を当時の大臣と交わしており、その履行を迫られることになろう。
 履行とは何か。政府が一方的に約束を破ることになるならば、すでに再処理事業のために六ヶ所村に運び込まれた約2900 トンの使用済燃料や高レベル廃棄物等を元の搬出先に戻せ、という要求を同県が示すかもしれない。全国の原発から搬入された使用済燃料には核燃料税が課され、県にとって不可欠な財源となっており、そこまでの直接行動を起こすのは難しいとの見方もあるが、国の政策変更により青森県民が面子をつぶされた事実は極めて重い。
 それだけではない。今回の政府方針や民主党提言では将来的な原発ゼロとともに既設原発の再稼働を前提にしている。しかし、青森県が搬入済み使用済燃料の戻しを要求し、かつ各原発サイトの使用済燃料の今後の搬入を拒否するとなれば、再稼働も覚束なくなりそれの処理処分をどうするかの問題に直面し大混乱も予想される。特に、東京電力と関西電力の原発貯蔵プール容量はこの3〜4年で満杯近くなるという状況もある。
 原発ゼロ社会と大胆な再生可能エネ導入をセットにした今回の「エネルギー構造改革」は、一見するとバラ色の世界に見えるかもしれないが、その推進には数々の痛みと困難がつきまとう。日本と同様に、紆余曲折を経て2022 年末までの原発全面停止を昨年決めたドイツでさえ、10 年以上の歳月をかけ雇用や地域経済の問題などが議論され、そのつど政権交代にも影響を与えた。わが国においても自らの問題として再議論して欲しい。



暑い8月から、すがすがしい9月へ
2012/08/29(Wed) 文:(山)

 ひたすら暑く、騒々しかった8月が去った。
 ロンドン五輪では明け方までテレビ画面に映る日本選手の活躍にジーンとし、高校球児のプレーに涙した。広島、長崎の原爆犠牲者を慰霊する平和式典、そして終戦の日と涙腺が緩む日が続いた。今年は原発事故で立ち入りが制限されていた福島県で、震災後初めてお盆の墓参りをし、崩れた墓石を直すシーンにもホロリ。
 恒例と言えばそれまでだが、この時期、アジアの隣国は大胆なパフォーマンスを見せてくれる。侵略された側の恨みは世代が変わっても失せないのだろう。しかし今年は韓国、中国とも政権末期の国内事情もあってのことなのだろう、尖閣諸島、竹島の領土問題を絡めて一段と激しいものがあった。
 国内ではエネルギーと環境をめぐる議論が大詰めを迎えた。政府が提示した2030年の電源に占める原発比率は、討論型世論調査、意見聴取会、パブリックコメントのいずれも「0%」の支持が最も多かった。
 毎週金曜日を中心に首相官邸前で抗議行動を続けている反原発の市民団体と野田佳彦首相が面会したが、平行線に終わった。またノーベル賞作家の大江健三郎さんらが脱原発の法律制定を目指すと会見。一方、産業界は原発なしでは経済が立ち行かない、雇用も減ると、そもそも三つの選択肢自体に否定的だ。本号の発行までに政府が判断を下せるのかどうかは不透明な状況だ。
 この時期に写真や映像で目にする、空爆によって一面の焼け野原となった都市や沖縄戦の惨状には目を覆いたくなる。昨年、岩手県沿岸部にうかがった時の津波の被害が二重写しになる。私たちの祖父母、父母の世代は67年前の焼け野原から立ち上がって世界有数の豊かな国をつくりあげた。今度は豊かさを享受してきた私たちが子や孫の世代に恥ずかしくない世の中にしなくてはならない。
 67年前は降伏を決められず先送りして広島、長崎に至った。そしていま、戦後の成功体験によりかかって、決めるべきことを先送りしてきた結果、“失われた20 年”を招いた。
 大震災と津波、原発事故は私たちにパラダイムのシフトを迫っている。エネルギーのあり方はその大きな要素だ。どうシフトするかを私たち自身が決断できるよう、すがすがしく静かな9月であってほしい。 



制度改革の最大挑戦者が電気事業者
2012/08/08(Wed) 文:(水)

 福島原発事故の後処理に莫大な費用のかかる東京電力に対して、政府は先月末1兆円の資本注入を実施、戦後長く続いた9〜 10 社の電力体制において、日本最大の電力会社が初めて国有化されたこととなり、経済産業省が検討中の「電力システム改革」に拍車がかかるとみられる。
 当初、資源エネルギー庁の幹部は「経営の抜本的刷新を迫られている東電改革はあくまで特殊ケースであり、政策的課題となっている電気事業制度の見直しとは別物」と語っていたが、現実には両者は密接不可分の形で進められていく。これまで官僚と五分に渡り合った東電という組織がその抵抗力を失ったほか、資本注入の前提となった東電改革のシナリオ「特別総合事業計画」では、発電・送配電・小売りの主要部門を社内カンパニー制に見直して明確な会計分離を実施、また発電部門の電源開発では、完全な入札制や他企業
との共同投資などが明記されていた。
 先月、中間的にまとめられた「電力システム改革の基本方針」においても、東電改革との共通性が随所にみられ、地域独占や総括原価方式を撤廃することによる「小売りの全面自由化」、卸規制の撤廃と卸電力市場の大幅拡大による「発電の全面自由化」、そして運用の中立性と公平性徹底のための「発送電分離」も打ち出した。これらをどう実施するかの具体的な仕組みは、年末までに検討する予定の詳細制度設計において決まるが、このまま進めば間違いなく戦後最大の電気事業改革となりそうだ。
 少し余談になるが、この基本方針の文章を書いたのは誰かということが関係者や委員会で話題になった。読んでもらえばすぐ気がつくが、「国民に開かれた電力システムを目指して」という副題にふさわしく、平易に国民に語りかける文体は分かりにくい表現の象徴として揶揄される「霞ヶ関文学」とは雲泥の違いがあった。どうやら作文者は課長補佐クラスではない幹部クラスと後で判明したが、それだけ今回の資エ庁の本気度を示したものとも言えそうだ。
 基本方針のもう一つの特色は、電気事業者を制度改革の“抵抗勢力”ではなく、「最大のチャレンジャー」と位置づけ、その経験と技術と蓄積を日本再生の担い手として鼓舞していることだ。



エネルギーを選択する“暑い夏”が来た
2012/07/18(Wed) 文:(山)

 リモコンを押せば、エアコンが動き、テレビが映る。ご飯もスイッチ一つで必要な時に炊き上がる。蛇口をひねれば、安全な飲み水が出る。トイレではボタンを押すだけで、排泄物を流してくれ、お尻まで洗ってくれる。風呂は温度と水位を設定するだけで、沸かすことができる。
 あのころ、普通の家庭にはエアコンやテレビはなかった。水は共同井戸まで汲みにいった。トイレは臭うし、粗悪な紙でお尻を拭いていたので、どうも具合が悪かった。風呂をいっぱいにするには大変な労力が必要だった。沸かすのも火吹き竹で吹き付けながら薪を燃やした。江戸時代の話ではない。ついこの前、今の高齢者が子供のころに手伝いをさせられながら「こんなことができればいいな」と夢見ていていた世界が実現したのである。
 技術の進歩と経済成長のおかげで、「夢」が「あたりまえ」になった。だが私たちは、あたりまえの世界が一瞬にして崩壊することを昨年、思い知らされた。大震災と原発事故により、電気などのエネルギーが途絶したのである。あたりまえの世界を支えていたのはエネルギーだったという、これまた、あたりまえの事実を突き付けられたのである。この夏も電力不足が続いている。各地で節電要請が始まった。原発比率が高いために不足が深刻な関西電力管内では大飯原発3号機が、福島第一原発の事故後、初の再稼働を果たした。政府のエネルギー・環境会議は2030年の電源構成に関する三つの選択肢として、電源の原発依存度0・再生可能エネルギー35%、同15%・同30%、同20〜25%・同25〜30%を提示した。また1日から再生可能エネルギーを飛躍的に増やすための固定価格買取制度が始まった。
 昨夏はとにかく必死に節電した。そして今年は節電と同時に将来のエネルギーを考える夏になった。原発は再稼働しても大丈夫なのか、使用済み核燃料の処理・処分のめどや廃炉の費用ははっきりしない。地球温暖化を考えれば再生可能エネを増やしたいが、費用の負担がのしかかる。とても難問である。
 でもエネルギーと環境は私たちだけでなく、子供や孫の世代に影響する問題である。子供や孫にいまさら昔の生活に戻れとは言えないし、激しい気候変動にさらすこともできない。他人任せにせずに、国民一人ひとりが真剣に考えて覚悟を決め、将来のエネルギーを選択しなければならない。暑い夏になりそうだ。



原発存廃めぐる“国民投票”の行方は?
 ◇ ※時報PV+38号の一考/再考を転載 ◇
2012/07/04(Wed) 文:

 政府の「エネルギー・環境会議」は今月、エネルギー供給源の割合や省エネルギー・節電の強度、さらには温暖化対策としてとるべき目標などを組合わせた選択肢案を国民に提示して、意見を幅広く聞く。いわゆるパブリックコメント(PC)といわれるものだが、これまで何百回と行われてきたものとはかなり趣が異なったものになりそうだ。場合によっては、前例のない100 万件以上の意見が押し寄せ、「原発の存廃」をめぐる事実上の「国民投票」になりかねないと心配する向きもある。
 福島第一原発事故以来、わが国のエネルギー政策は右往左往を繰り返し、この夏も原発停止による電力の供給不足で大掛かりな節電対策を実施するほか、電力会社は燃料費の大幅増により経営が火の車、一流国の証明だった温暖化ガス排出削減も今や風前の灯だ。あれだけの原発事故を起こしたのだから、この2〜3年はエネルギー対策の揺籃期であり、再構築するのに時間がかかるということも分かる。しかし、それにしても野田内閣は「脱原発依存」を唱えるだ
けで、その先の具体的対応を全く示しておらず、「決められない政治」の典型になっている。
 一方で、原発の継続をめぐる国民的な議論も大きな盛り上がりを見せている。東京都や大阪市を中心に続けられた原発廃止を求める条例制定の直接請求はいずれも議会で否決されたが、これには数十万の人々が署名した。要求は通らなかったが、運動団体は臆することなく活動を続けている。こうした原発廃止要求の活動だけではなく、「原発の一定程度を継続せよ」という真反対の運動も出てきた。筆者が6月22 日の午後5時頃、たまたま霞が関の首相官邸前を通りかかったときに、「昨夏は電気を使えないことから熱中症で3万人以上の人が致命傷を受けた。原発に関係する仕事もなくなり生活できない。原発廃止というきれいごとだけいうな」と、同じ頃にあった原発廃止を叫ぶデモに抗議していた。双方は一触即発という状況だったが、間に数十人の警察官が割って入り事なきを得たのだった。
 こうした国民の間にある原発をめぐる二項対立や決められない政治に対する鬱積した不満を考えると、エネ環会議によるPCはむしろ時間をかけてでも徹底的に合意形成を目指したほうがよい。空前の100 万件の意見を出されたらどうするかという小手先の対処に拘るのではなく、民意を深く吸い上げる熟慮型意見集約方式などあらゆる方法を試してみてはどうか。その際に、大事なのは単なる原発是非だけではなく、覚悟の省エネとコストの高くなる再生エネルギーの選択なども総合的に問うことであろう。



再稼働には福島の失敗を生かせ!
 ◇ ※時報PV+37号の一考/再考を転載 ◇
2012/06/13(Wed) 文:(山)

 野田佳彦首相は大飯原子力発電所3、4号機の再稼働を8日の記者会見で表明した。西川一誠福井県知事の「首相が国民に向けて表明せよ」との要求を飲んだもので、福島第一原発の過酷事故以来、初めての再稼働が事実上決まった。野田首相は会見で「原発を止めては日本の社会は立ち行かない」と動かさないリスクの方が大きいと判断したようだ。
 再稼働の是非はともかくとして、この間の当事者の議論を聞いていると、奇妙な感じを禁じ得ない。大飯原発で発電した電気の消費地である関西の広域連合(7府県と大阪、堺の2市)や福井県と政府のやり取りをみていると、原発再稼働を地元への利益誘導や、総選挙に向けた政治的なゆさぶりの道具にしているのではないかと疑いたくなる。
 再稼働の議論で最も重要な原発周辺住民の安全が抜け落ちていないだろうか。野田首相は「立地自治体への敬意と感謝」を表明、また「福島を襲ったような地震、津波でも事故を防止できる。全電源が失われる事態でも炉心損傷に至らない」とも語った。だが、どんなに安全対策を施しても事故が起きないとは断言できない。1万年に一度の確率でも、それが明日起きるかもしれないからだ。
 もちろん考え得る限りの対策を講じて事故のリスクを最小限にすることはいうまでもないが、それは「考え得る限り」でしかない。再稼働するならば、万一の場合に住民が安全に避難し、放射能の恐怖におびえなくても済むような危機管理が必要だ。国会事故調査委員会も福島では「住民の健康と安全は顧みられなかった」と認定している。
 例えば、事故の発生を住民に正確かつ迅速に周知する、脱出の手段や避難先をあらかじめ準備するといったことだ。住民が自家用車で避難すれば、渋滞で逃げ遅れることもあるだろう。
 現場に向かう緊急自動車がある中で混乱は必至だ。車のない家や老人世帯はどうするのか。地元では説明しているのかもしれないが、国民全体に再稼働を納得させるには本来、こうした議論が求められるのではないだろうか。
 原発は「トイレなきマンション」と揶揄されていた。使用済み核燃料の処理・処分のめどが立たないからである。これに加えて、火災報知機も非常口、避難経路もないマンションになってはならない。再稼働するなら、福島の失敗を生かさなければならない。



「発電所」を「総合エネルギー供給所」に
 ◇ ※時報PV+24号の一考/再考を転載 ◇
2011/11/02(Wed) 文:(水)

 首相官邸のエネルギー・環境会議、原子力委員会による原子力政策新大綱づくり、さらには現行の原子力を主軸とした「エネルギー基本計画」の見直し作業が続けられている。年末までに、従来もっともコスト安といわれた原子力発電の経済性の再検討をはじめ各電源別のコスト試算が行われ、これに資源制約や地球温暖化対策からの要請を加味して、中長期的なわが国のエネルギー構成の方向性が示される。
 そこでは野田首相らがこれまでたびたび表明してきたように「脱原発依存」と電力等の需要構造改革、そして再生可能エネルギーの加速的な導入拡大が打ち出されるのは間違いないとみられる。既設原発54 基+若干の新増設が容認されたとしても、原発の中長期的な割合は大きく低下、仮に高経年化40 年以上の既設原発の運転継続が困難になると、2030 年には原発の割合が20%以下になるという試算もある。現在、ベース電力供給量の過半を占める原発の代役をどのエネルギーが果たすかという見通しも立っていない。
 そこで提案したい。今後のエネルギー供給拠点はこれまでのような電力・ガス・石油等といったエネルギー種別ではなく、電力・熱などを有機的に組み合わせた「総合エネルギー供給所」を検討してもらいたい。特に電力分野は、過去数十年にわたって原子力・火力・水力・再生可能エネなどのように全く別々の発電所として建設し運用してきた。そうしたやり方をこれからは「原子力+太陽光+風力」「火力+太陽光+風力+バイオマス」「水力+太陽光+風力」などのように立地条件に応じて様々な組み合わせがあっていい。既設地点をそうした形でスクラップ&ビルドすれば、従来の遊休地を最大限活用できるし(新規の土地手当ても不要?)、発電所に必要なインフラ関連設備も流用できる。
 特に原子力発電所は新増設地点も含めてトライしてみる価値がありそうだ。原発は大半が広大な敷地を持っているにも拘らず、今後は「脱原発」政策により土地遊休化やインフラ施設などの一部未利用化が進む可能性が高い。一方で、今後のメガソーラー等の拡大では土地取得の制約や経済性の確保がネックといわれており、それら隘路を打開する方策になるかもしれない。
上記方式を具体化する最大の障害は何十にも細かく規定された過重な安全・保安規制といわれる。原発構内に生えてきたワラビ1本抜くにも法的な許可が必要というがんじがらめの規制の緩和が必須条件だが、大きな視野からの検討を望みたい。



創刊にあたって
 ◇ 時代を映す鏡の役割に全力 ◇
2010/09/30(Thu) 文:(水)

 国民の多くの期待を担って民主党政権が発足しておよそ1年が過ぎ、9月17 日には菅直人首相の下で改造内閣がスタートしました。なんの因縁か、週刊「エネルギーと環境」の姉妹誌として、再生エネルギーの動向をくまなくウォッチする「時報PV+」も時を同じくして船出しました。
 創刊の動機の一つは、民主党政権の象徴ともいうべき日本が掲げた「温室効果ガス2020 年25%削減」の行く末を見届けることにあります。25%削減目標を実現すれば、もちろん国民の暮らしがそれだけでハッピーになるわけではありませんが、今の経済社会の姿が革命的に変化するのは間違いないでしょう。
 「PV+」がテーマとします太陽光・太陽熱・風力など再生可能エネルギーの導入・拡大はその25%削減方策の大黒柱であり、これから展開される政策と技術革新が失敗すれば世界から取り残されるでしょう。しかし、次期首相を決める先の民主党代表選では、政府と経済界で是非論が続く排出量取引制度や新エネルギーの買取制度などは、論争にもなりませんでした。国民に大きな負担を課すテーマにもかかわらずその説明をしようとしないのは、あまりに政治の無責任というほかありません。
 「PV+」は単に太陽・風・水などがもたらすエネルギーを電気と熱に変換する産業・技術・制度・市場の動向をキャッチ・報道することに留まるのではなく、もう一つの役割として時の政治・行政・経済・社会の変遷を公正に映し出す「鏡」の役割を果たしていきたいと思っております。同時に、そうしたプレーヤーの息遣いが聞こえてくるような誌面に致したく、関係者の皆様の叱咤激励とご支援をよろしくお願いいたします。
 
 「時報PV+」編集長 清水 文雄

参考リンク:http://www.enekan.net/image/kusakawa-giin-shukuji.pdf


年頭に際して、民主党政権運営への期待と課題を考える
 ◇ 2010年年頭所感 ◇
2010/01/06(Wed) 文:(水)

 2010年という節目の年。明けましておめでとうございます。
 「エネルギーと環境」は本年も公正中立、読みごたえのある専門情報誌として決意新たにスタートしますので、変わらぬご支援をお願いいたします。

 主要各紙の元旦一面トップ記事は、「財務省と組む『脱官僚』路線選択、ガバナンス国を動かす、第一部政と官(1)」(毎日)、「眠る力引き出す、ニッポン復活の10年(1)」(日経)、「動く世界と共に、地域の支えはアフガン医師、日本前へ(1)」(朝日)、「小沢氏から現金4億円、土地代の相談後」(読売)などで、企画記事あり特ネタ的な社会記事ありで、多様な紙面でした。元旦のトップ記事は新聞各社もことのほか力を入れるので、過去から未来への社会を映す鏡とも言われており、確かにそうした予兆を感じさせるに十分な切り口だったと思います。

 さて、連立民主党政権はハネムーン期間といわれた100日間が過ぎ、新しい年の出発とともに、まさにその真価がきびしく問われることになりそうです。そこで政権運営の中で極めて重視され、かつ弊誌も主要テーマの「環境政策」の展開を中心にこれまでの政権運営の課題と問題点を指摘しておきたい。

 (1)政権前の公約と政権後の公約実現の違いを明確にすべき
年末の予算編成や税制改正作業では、公約実現と現実の財政危機のはざまで右往左往する姿が垣間見られた。選挙前のいわば人気取りと支持拡大を目的に策定したマニフェストと、現実に政権内の様々なしがらみを踏まえた公約実現とは全く性格が異なるのは当たり前の話し。そのことは、昨年の主要紙による世論調査結果を見ても明白で国民の方がよく理解しており、むしろ民主党の対応の仕方がお粗末だったと言えよう。まずはその違いを丁寧に国民に説明すべきであり、公約実現の優先順位と工程表の整理が先決。

 (2)政策決定のプロセスを充分に明らかにすべき
 鳩山政権が昨年世界を引っ張るとして打ち出した温室効果ガス25%削減の中期目標は、COP15が最低限の政治合意にとどまったことで、日本の意欲的な世界トップレベル目標も空振り気味だ。民主党の環境問題第一人者である福山哲郎議員(現外務副大臣)とジャーナリスト仲間との内輪の勉強会があった昨年12月、この25%削減目標の根拠と理由を問われた際に、「選挙公約として明確に掲げたから」「IPCC報告の科学的知見として提示されている」という見解が示された。しかし、それ以上の具体的な根拠等の説明はなく、鳩山政権の25%削減方針も推して知るべしで、十分な国民的議論とそのメリット・デメリットを踏まえた合意形成がなされておらず、政策決定のプロセスもまだ明らかにされていない。
 この環境問題に限らず、これまでの政権運営では政策決定プロセスがどんな認識と物差しで決められたのか不透明そのものであり、積極的な情報公開もない。政策決定ではその前に必ず案件が政務三役会議にかけられ、そこでの議論を経て方針が決まるが、これもブラックボックスの世界となっている。 
 そもそも政務三役が全プロセスを熟知した上ですべてを取り仕切り、マスコミ対応までこなすという役割自体に物理的・能力的限界があるわけで、まずそこから改める必要がある。このままでは、審議会方式(業界の利益代表らの議論という側面が強すぎたが)や官僚への役割分担、与党の独自性を認めていた自民党政権の方が、政策決定プロセスの透明度がましだったということになりかねない。

 (3)短慮な発想の官僚組織への切り込み
 民主党政権の一部では事務次官の廃止をはじめ官僚の人事機構の見直しを検討中という。しかし、これも現行の官僚機構は「悪しきもの」という偏見ありきの中で生まれてきた短慮としか思えない。そういう面が全くないとはいわないが、これまでの政治のだらしなさに比べれば、まだここには日本を支えうる組織力と人的資源が存在する。
 特に、事務次官の廃止という考え方は、ある意味で自己犠牲も強いる官僚のピラミッド型世界の否定であり、それを失うことの混乱と再構築するエネルギーを考えれば、官僚との協働と新たな発想による活用に腐心すべきではないか。省内の人事権を一手に握る事務次官を新政権の政策展開のためにどう充分に活用するかにこそ知恵を出すべきだろう。

 (4)極めて不十分な説明責任とマスコミへの対応
 昨年末の予算編成作業と税制改正では、道路財源の暫定税率廃止や温暖化対策税導入などの最終決定で漂流を続け、最後は小沢一郎幹事長による裁断でことがようやく決まり、年内編成が間に合った。しかし、この幹事長裁断のペーパーはA4三枚で問答無用を思わせる結論しか書いていないものだった。しかもその中には、当初方針が大きく変わったものも多いが、その変わった経緯や理由などまったく説明されなかった。となると、何日間も議論された政府税制調査会などの審議はいったい何だったのか。これでは必死の努力をしてきた利害関係者も浮かばれないし、組織にどんな説明をしたらと路頭に迷う。とても民主主義の政治とは思えない。これら事例だけではなく、おしなべて新政権はショー的な事業仕分けのようなやり方には熱心だが、政権運営の全体的な透明性は極めて低い。
 また、マスコミへの対応や説明も不十分そのものだ。大臣や政務三役が超多忙ということもあるが、予定時間を30分遅れて会見時間が10分15分という例もざらにあり、その説明も厚みのあるものではなく、旧政権時代のマスコミ対応の方がレベルは高かった。これでは、マスコミを単なる「情報の運び屋」としか見ていないのではないか。

    ◇          ◇         ◇
 いろいろ民主党政権運営の問題点を書いてきたが、要は国民の利益と共通認識醸成に繋がる政治と行政を心がけて欲しいということである。そのためには現在ある日本の組織、人的資源、経済の仕組み、財政力などを最大限に活用できる体制と仕組みを1日も早く構築すべきであろう。
国民が民主党政権を選択したのは、民主党という政党組織のさらなる拡大を望んだからではなく、少しでもましな国にして欲しいと期待したからではないのか。

                                                    2010年1月  編集発行人   清水 文雄



温暖化対策アセスメントの必要性と米国への対応
 ◇ ポスト京都中期目標の策定で必要な日本の独自性は ◇
2009/04/30(Thu) 文:(水)

今年12月に決定する予定の温暖化対策次期国際枠組みに関して、最大の争点になっている各国の温室効果ガス(CO2等)の中期削減目標(2020年頃)策定内容が注目されている。日本は首相官邸に設置された「地球温暖化問題に関する懇談会」(座長;奥田碩トヨタ自動車取締役相談役)が六つの削減目標案をまとめ、パブリックコメントを実施中で、国民意見を踏まえて麻生太郎首相が6月までに決定する。

六つの案は、1990年の日本のCO2等総排出量に対して2020年に「+4%、+1〜−5%、−7%、−8〜−17%、−15%、−25%」削減というもので、きびしい数値を採用するほど経済成長に打撃を与え、国民負担も大きくなりその「覚悟」のほどを問うている。削減を裏付ける対策も省エネ型の電化製品や自動車への大幅な転換と買い換え、省エネ住宅普及、太陽光発電など新エネの加速的拡大などだ。しかし、これら大量の耐久消費財等の新規導入や買換えによるCO2等の排出バランスや使用されるエネルギー、資源利用の効率性には一切触れられていない。

かつて日本は経済成長一辺倒が作り出した「大量生産、大量消費、大量廃棄」が廃棄物の不法投棄や最終処分の問題を引き起こし、資源の非効率的利用が蔓延し物が巷に溢れかえるという時代を経験したことがある。「省エネ型製品」への買換えやリサイクルの徹底とはいうものの、今後10年という短期間に物のストックとフローを劇的に転換するやり方が「低炭素社会づくり」に適っているのか、廃棄物の最終処分場の寿命があと5〜6年といわれている問題も含めて、是非とも「戦略(計画)アセスメント」を実施して欲しい。戦略アセスの必要性は政府が数年前から自らその必要性を提起し、検討中であればなおさらのことであろう。


温暖化対策の中期目標設定を巡る国際交渉で、もう一つ提起したい問題は、腫れ物に触るような対応に終始している米国への対応である。承知のように米国は現行の京都議定書を途中で離脱、今回の中期目標交渉でも離脱後に排出量が大幅に増加している実態もあって2020年に90年比横ばいというあまい目標を提示している。

本来ならば、世界一の排出量でありながら勝手に離脱して排出削減を果たさなかった米国に対しては相応のペナルティ論があって当然のはず。しかし、日本をはじめ先進諸国は、米国のご機嫌を損ねて次期枠組みに不参加となっては困るという思いが強く、きびしい要求を示していない。特に日本の政府や産業界は、乾いた雑巾を絞るような省エネ対策の実行と海外に1兆円以上にものぼるCDMクレジット費用を支払う状況にありながら、米国に対する主張を遠慮している。

政府は今回の中期目標の設定で、国民に経済的負担などの「覚悟」を問うならば、米国のような“ゴネ得”に対する強い姿勢と、削減対策をまじめに実行してきた日本のような「正直者が馬鹿をみる」ことのないように、毅然とした対処方針を示す責任があるのではなかろうか。日本政府の主張する「各国間の公平性確保」という面からも重要なはずである。



新年の雑感
 ◇ 激動の流れを社会変革のチャンスに ◇
2009/01/07(Wed) 文:(水)

明けましておめでとうございます。今年こそ良い年でありますように、と願わずにはいられない幕開けです。

○昨年このコーナーは開店休業中のようにサボっておりましたが、今年は心を入れ替えてホットな話題や水面下の動き、時には建設的な主張もしていきたいと考えております。従来は「今月のキーワード」として、エネルギーと環境問題に関する新たな動向などを取り上げてきましたが,今後はあまり構えないで片意地を張らないソフトな読者諸兄姉との交流の場にしたいと考えております。

○昨年の7月31日、「エネルギーと環境」は2000号を突破、この新年号は2021号となっています。読売や朝日などの日刊大手紙はすでに30000号を突破している例も多いのですが、週刊専門誌の場合はその時代の経済社会情勢に影響されて意外と廃休刊が多く、長続きが困難です。

創刊は1968年(昭和43年)でその時のテーマが「具体化してきたSO2の環境基準値」。今年の新年号記事は地球温暖化問題や太陽光発電、省エネルギーの規制強化に関する記事となっており、40年という時の流れを感じます。

2000号突破記念のパーティを昨年12月、東京麹町で行い、国会議員・中央官庁・自治体関係者、企業や大学、NGOやマスコミ関係者などが全国から駆けつけてくれました。一番嬉しかったのは、大分県佐賀の関から来てくれて、「エネルギージャーナル社の報道支援もあって石油コンビナート立地のための埋立て計画が中止となって自然の海岸線が残り、今ではその沿岸に海亀が来るようになった」と、挨拶してくれたことでした。右であろうと左であろうと、社会的な存在の意義を認めてもらえることは嬉しい限りです。

○今年は文字通り「激動の1年」となります。2008年度第二次補正や2009年度本予算、そして不可欠な関連予算法の攻防でほぼ間違いなく総選挙になだれ込み、与野党勢力の逆転現象も十分現実化する可能性があります。すでに霞ヶ関はそうした事態を予測して、民主党とのバイプを太くするための"対応"に腐心しています。むしろ、遅れているのは経済界や産業界の方でしょう。

どうやら今年のキーワードは「環境経済社会への変革と構築」となりそうです。未曾有の経済危機となっている今の状況を「環境ビジネス」や「資源循環を行う静脈産業」、そして新エネルギーや蓄電池技術などを導入して内需拡大しようというもので、環境省や経済産業省がすでに動き出しています。

○今月20日に民主党を与党として正式発足する米国オバマ新政権が「グリーンニューディール構想」を打ち出し、百万人にのぼる新規雇用や環境産業による需要拡大を政策の柱にしようとしています。今年12月にはコペンハーゲンでCOP15が開催され、先進国において一人削減義務を果たしていない米国がその軌道修正を行うための前触れとも見えますが、米国はダイナミックな新経済政策を指向し始めています。

日本もこれに刺激され、上述の対応となっていますが、この機会に米国の猿真似ではない独自の社会経済構造改革を具体化すべきです。例えば、昨年あれだけ大騒ぎして法律改正や使途に関する閣議決定までした道路特定財源の廃止も結局はほとんど何も変わらず、依然として道路整備に向けられます。これをすでに始まっている少子高齢化社会の礎となるような地域の新しい公共交通システムの整備や自動車依存型(高齢者は車に乗れなくなるし、地域社会の荒廃が進行中)からの脱却など、やるべきことは五万とあります。

環境行政は国民に耳障りのよい「なんとかエコ」に精出すだけではなく、こうした社会の構造改革に本腰を入れて欲しいものです。 (編集長 清水文雄)

(なお、年頭挨拶のところで恐縮ですが、昨年12月に弊社で「バイオマス読本2008〜2009」を刊行しました。世にもてはやされているバイオマスですが、その本当の実力と温暖化対策などが今後どうなるかを考える、よき"相棒"となると思いますので、是非そばに置いてください。)

参考リンク:http://www.enekan.net/image/biomass2008-2009.pdf


2008年のメッセージ/日本発、「国境なき地球環境防衛隊」の創設を!
 ◇ ◇水の確保、廃棄物、省エネや大気汚染などの診断と対策実行◇ ◇
2008/01/04(Fri) 文:(水)

 2008年明けましておめでとうございます。今年も、エネルギーと環境のテーマを大マスコミとは一味違った独自の視点から、専門誌らしく中身の濃い誌面づくりに精一杯努力しますので宜しくお願い致します。

 〇なんといっても今年最大の話題はG8サミットが7月に北海道・洞爺湖で開催され、昨年12月インドネシア・バリ島で採択されたポスト京都議定書の「ロードマップ」が、主要国首脳の後押しで具体的に進展させる方向になるのかどうか。その時点で、日本は誰が総理大臣として調整役を果たすことになるのか見通しの難しい政冶状況だが、国際社会の期待を一身に背負うことになるのは間違いない。

 〇ポスト京都の枠組みづくりでは、米国と中国をはじめとする途上国をどんな形で引き込むのかが最大のポイントです。ただ、米国は次期大統領選を目前にしており、残務処理ブッシュ政権の様相が強まり、大きな政冶決断が出来ないと思われ、となると途上国の実質参画にどのような道筋を日本がつけられるかが問われることになる。日本は昨年のG8サミットで、途上国向けに「志の高い途上国支援のための新たな資金メカニズムの設置」を約束しているが、まだその中身は検討中だ。

 〇しかし、この新たな資金メカニズムの設置も、旧態依然のカネの力により日本の存在感を示すという域をでていない。最近のわが国の抜き差しならない財政状況をみれば、どれだけ長続きできるかまた国民から多くの支持を得られるのかどうか。そこで提案である。例えば、日本の優秀な技術力と豊富な余剰人材を途上国の環境汚染や生活環境悪化の解決に振り向ける「国境なき地球環境防衛隊」を組織し、今後5年間開発途上国や国連や国際組織等の依頼に応じて、環境問題を診断し対策を実行するシステムを作ったらどうか。すでにこうした先例は世界にあり、キューバは数年前から「国境なき医師団」を政府自ら編成し、医療水準の極めて低い近隣諸国などに派遣、その見返りに自国には乏しい石油や食料品などを輸入したり、外貨獲得の手段にしているという。何よりも、その国の不安な人々に安心感を与え大変喜ばれているようだ。

 〇環境省は地球温暖化で水没の危機に瀕している南太平洋の小島嶼国・ツバルに専門家を派遣し、侵食を防ぐための堤防工事の指導や飲料水の供給、廃棄物の処理対策などを具体化するという。また、来年度はかつて日本が公害列島化した際に活躍した団塊世代の技術とノーハウを、こうした国々に役立てる「国境なき環境調査・協力団」の構想を検討中だ。
 しかし、そのための予算計上がたったの1000万円にすぎず、思いつき程度の施策としか思えない。日本が環境の世紀である国際貢献として本気にやるならば、100億円位の予算を用意して、一省庁の枠にとらわれない、かつ一時の大臣の手柄話しにするのではなく、中長期的な国益も追求した大胆な政策として展開して欲しい。7月の洞爺湖サミットでは、日本発として国際社会にこうした斬新な計画を是非発信してもらいたいものである。



偽メール事件に現れた民主党の体質、質問準備にカネと手間をかけよ
 ◇ イチローの「さめた人間」発言に学ぶべきではないか ◇
2006/03/23(Thu) 文:(水)

 〇野球の世界一を決めるWBCで、王監督率いる日本チームが強豪のキューバを10−6で破り、よもやの優勝、世界一に輝いた。決勝進出までは試合の流れが悪く、その上、米国審判のズル(ミスジャッジ)などがあって、ストレスのたまっていた我々日本人にとってはまさに溜飲を下げた。イチロー選手による日本チームを鼓舞するための悪役ぶりも見事だった。イチローが残したコメントで特に印象的だったのが、日本のプロ野球が大リーグに学ぶべき点を問われた記者に、「さめた人間がいないこと」と答えた点だ。
 そこで連想したのが、「偽メール事件」で、まだ進退をぐずぐずしている民主党の永田寿康衆議院議員の問題。功名心が先にたったのか、十分な裏づけもしないまま薄っぺらなネタに跳びつき、最終的には謝罪広告まで出した不始末は、イチローの語った「さめた人間」が民主党執行部にはおらず、ただネタの大きさに有頂天になってしまった愚かな状況を物語っている。

 〇今回のWBC大会で言えば、出場した米国やキューバは横綱級であり、それを突破して優勝するのは、容易なことではない。国会質問に例えれば、政府自民党はあらゆる権力機構を持つ政治の世界の横綱であり、予算委員会の質疑にしても、一つぐらいのたまたまのネタで馬脚を現すほど、ヤワではない。
 鋭いかつ政府が立ち往生するような質問は、それこそ手間隙と労力そして十分なカネを事前にかけなければ生まれてくるはずがなく、永田議員の質問はガセネタというよりも、そうした周到な準備がまったく見えなかった。

 〇「偽メール事件」は永田議員の軽率さもさることながら、民主党という組織の体質と構造に問題があると見るべきだろう。それは野党として最大の武器であるはずの国会質問に十分なコストと時間をかけずに、大半が付け焼刃の勉強程度で、しかも事案の問題点すら、政府関係者やマスコミ等に教えてもらうような実態では、最大野党としての資質を疑わざるを得ない。
 一方で、国会議員には等しく立法準備費や国政調査の名目で月額約150万円以上が支払われているという。それでいて、質問のために普段の情報収集や勉強にカネと時間を十分にかけているという話を聞いたことがない。

 〇かつての社会党時代に、カミソリのように頭が切れると言われた石橋正嗣氏と爆弾質問男と怖れられた楢崎弥之助氏という二人の論客がいた。その二人が予算委員会で質問するときは、今度は一体なにが飛び出してくるか、与野党超えてある種の楽しみと緊張感があったし、マスコミも周到な事前取材を余儀なくされた。その石橋氏が、公害問題関連で独自ネタでの質問を予算委員会で行った時、事前に想定していなかった当時の通産省の課長が答弁資料を片手に役所から全速力で国会に走ったというエピソードがあるくらい真剣そのものだった。

 〇しかも質問は多くの場合、半年くらい前からチームを組んで勉強や調査をするのは当たり前、また議員自ら現地調査や料亭のおかみさんにまで聞き歩くことも珍しくなかったようだ。そうした熱心さや真剣さが人々を動かし協力者も次第に出てくる訳で、永田議員のようなメール一枚をただかざしただけとは訳が違う。しかも、民主党は調査や情報収集などにカネをかけないだけではなく、協力者などを使い捨てにすることが多いという。
 今回の不始末を永田議員だけの問題に終わらせるのではなく、是非ともイチローが言った「さめた人間」として党の関係者は見るべきであり、党組織の体質改善に向けた大きな糧にして欲しいものである。



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