今月のキーワード エネルギージャーナル社

今月のキーワード
[過去259〜274 回までの今月のキーワード]


小泉首相の産廃処分場視察は思いつき? それとも環境重視?
 ◇ 今年の参院選後に政局変動も。色あせる小泉内閣 ◇
2004/01/08(Thu) 文:(水)

 ○明けましておめでとうございます。2004年という新しいページが開かれ、皆様も張り切っておられることと存じます。私たち「エネルギーと環境」のスタッフも、昨年にも増して身を引き締め、取材・編集そして業務に当たる決意ですので、引き続きご協力のほどよろしくお願い致します。
 今年いただいた賀状によりますと、昨年の“珍事”の一つだった「阪神優勝」はいつも? 景気の転換点になるそうで、今年のアテネオリンピック、そして来年の愛知万博で回復軌道間違いなしだそうですがどうでしょうか。それでCO2排出量が大きく伸びても困ります。

 ○さて、今年は7月に参議院選挙が予定され、昨年の衆議院選挙に続いて小泉内閣に対する国民の支持度合いが明確になる。支持率がひと頃から大きく下がり、規制改革の実現も高速道路建設問題の決着に見られるように、相当な後退を余儀なくされるなど、かつての勢いがなくなり、新たな政策課題の提示も「ネタ枯れ」という様相になっている。政局に敏感な霞ヶ関幹部の一部には、自衛隊のイラク派遣によるマイナス材料を抱え、このままで参院選を乗り越えられるかという懐疑論もでている。

 ○また、参院選で小泉自民党が勝てるかどうかは、昨年の衆院選で見られた公明党による強力な選挙協力を得られるかどうかにかかるとの見方が強い。しかし、公明党は連立を組む自民党に対してより影響力を発揮する意味では、自民党が単独で参議院の過半数を得る事態になることは好ましくなく、選挙協力は一定の距離を置くのではないかと思われる。そうなると、今年の7月以降は政局が流動化する可能性が極めて高い。

 ○そんな小泉首相が新年早々、わが国最大級の産業廃棄物不法投棄現場として知られる香川県の豊島(てしま)など環境問題の現場を珍しく視察した。視察の目的については「自分が厚生大臣をしていた頃から関心があった」、また周辺には愛媛県の今治市などにタオル製造産業などが多いことから、「沈んでいる中小企業を元気づけるため」という声が聞こえてくる。ただ、これが表向きの理由なのか、本心なのか、それともタカ派イメージが国民にますます強まるマイナス面を、クリーンイメージとなる「環境政策」により薄めようという政治的な狙いなのか、まだその背景は不明だ。

 ○ただいずれにしても、「環境と経済の統合」の具体化や「環境産業の振興」を今年の政策展開の柱にしようとしている関係省庁にとっては、単なる思いつきや一過性の首相視察に終わって欲しくないというのも事実。
 果たして、今後はどのような展開を見せるのだろうか。



外交官の痛ましい死は、「不戦の誓い」崩壊の前触れか
 ◇ 国民総意問う手続きが必要。なし崩しを排せよ ◇
2003/12/04(Thu) 文:(水)

 ○政党公約(マニフェスト)競べといわれた衆議院の総選挙も終り、この1年もあっという間に師走を迎えました。イラクへの自衛隊派遣問題で揺れる中、将来を期待されていた若き外交官2人が犠牲になる痛ましい事件が発生、改めて日本の国際政治における対応が我々にも突き付けられています。人によっては、日本は戦後憲法で「不戦の誓い」を世界に発信したが、この先おそらく10年のうちに戦争に巻き込まれるという見方もあるほどです。

 ○そこで一つだけ言っておきたいことがあります。小泉首相は「テロとの闘いのため日本も行動しなければならない」と主張しますが、それはきちっと国民的合意とそれに相応しい手続きを踏んでもらってからにして欲しい。極めて単純な話ですが、例えば、イラクに自衛隊を派遣するならば、まず「自衛隊」という今の名称を変えてからにすべきです。どこから見ても、「自衛」という言葉の意味するところからは、海外に出掛けて軍事的な活動を容認しているとは理解されません。また自衛隊員自身も、採用の際に海外での軍事的行動が本来の任務としてありえると説明されていなかったことも問題です。

 ○今回の自衛隊の海外派遣に限らず、わが国の為政者は国の命運を左右するような重大な事案について、直接的にその是非を国民に問うことをせず、なし崩し的に既成事実化したきた歴史があります。なし崩し的なやり方は、それを維持し正当化し続けるのに膨大なエネルギーと手間ひまがかかるとともに、最大の問題点は責任の所在が常にあいまいなことと、国民自身が自分の問題と受け取らず他人任せとなり、政治への成熟度がいつまでも上がらないことです。

 ○総選挙で政党の公約が初めて大々的に取り上げられ、議論されたのは確かに従来から見れば大きな前進でしょう。しかし、このやり方の欠陥は、国民向けに耳当たりのよい公約メニュ−は並ぶものの、例えば今回のような自衛隊の海外派遣や原子力問題、環境問題など国民自身の今の快い生活に我慢や場合によっては制約が必要な課題については、正面から提示されることが極端に少なくなります。
 自衛隊のイラク派遣問題は、一方で東京などわが国への報復があるかもしれないと報道されています。つまり、そうした事態の起きる可能性も含めて、例えば国民投票とか全都道府県議会での議決を得るとかで国民的な総意を明確にし、その時点で意志決定した国民の責任とともに国としての方針決定をすべきではないでしょうか。
 環境省はこのイラク問題でほとんど何も発言していませんが、戦争が最大の人為的な環境破壊であることは誰しも認めるところです。



日本の選択と官僚たちの反乱
 ◇ ◇小泉首相の官僚バッシング手法とマニフェスト対決◇ ◇
2003/10/08(Wed) 文:(水)

○日本道路公団の藤井治芳総裁は、第二次小泉改造内閣で就任した石原伸晃国土交通相の辞任勧告を拒否、徹底抗戦の構えを見せたことが大きな話題を呼んでいる。確かに、予め用意したシナリオ通りにいかなかったこと自体はマスコミをびっくりさせたが、任免権を持つ大臣といえども実力ある官僚の首を簡単に取れない時代になってきたという意味から、これを一つの「霞ヶ関官僚たちの反乱」という見方もできよう。

○道路公団の民営化問題は郵政事業の見直しと並んで、小泉首相による国民向け構造改革をアピールする二枚看板である。どちらも、従来から官僚機構が一部の政治家と組んで排他的な行政を展開してきた領域であり、そうした意味では、国民受けする「反官僚」「反利権政治」を演出する小泉首相にとって、藤井総裁の辞任問題は恰好の材料だった。これまでも見られたが、さらし者はなるべく時間を掛けて処理するという手法である。しかし、今回はそうした手口が少しずつ読まれてきており、藤井総裁の功罪は別として、もらえるはずの退職金2,600万円余を捨ててまで、公然と官僚が反旗をひるがえした形となった。

○この前兆は小泉改造内閣の人選にすでにあった。派閥からの一本釣りはもちろんのこと、自民党総裁選での対抗勢力は水に落ちた犬のごとく徹底的に叩き、当の石原国交相にしても実父の石原慎太郎都知事が政界再編に打って出ることも予想して人質に取ったのではないか、と言われる。この組閣の顔ぶれには、総選挙を小泉人気で勝つための見栄えのよいキャストを揃えただけで、政策の具体化や党務などで汗水流してきた人がほとんど登用されなかったとの不満が渦巻いており、選挙が終わるまで「忍」の一字という自民党の関係者も多い。

○10日にも解散される今回の総選挙では、民主党と自民党などによる「マニフェスト(政権公約)対決」になるようだ。その発想は大方共通しており、官僚を必要以上に悪者に仕立て上げ、あたかも政治主導で諸課題が解決するような幻想を振りまいている。しかし、公約といえども作文だけでは世の中も政治も変わらない。それを具体化するパワー、組織、人材(スタッフ)、ネットワークなどが不可欠である。これまでは自民党もしかり、民主党もそうしたことにほとんどカネを使っておらず官僚頼みが続いてきた。

○にもかかわらず、自分勝手な「官僚バッシング」をさらに続けるとすれば、第2第3の藤井総裁のような「反乱」が出てくるだろう。もちろん今の官僚世界に多くの問題があるのも事実だが、それを飲み込んで先進国でも超一流と言われる霞ヶ関官僚を国民・国家のために上手に活用する方策こそ必要なのではないか。それが人気取り先行の政治による亡国を救う道にも繋がるはずである。各政党のマニフェストには、環境税導入などエネルギーと環境関連も示されるようだが、せめて漂流しつつあるこの日本を新たにつくり替える「海図」ぐらいは示して欲しいものだ。



社会的な危険リスクの高まりを直視すべき
 ◇ 頻発する工場等の大事故・規制緩和の風潮があだに ◇
2003/09/10(Wed) 文:(水)

 ○三重県多度町で起きたごみ固形化燃料(RDF)発電施設の爆発事故に続き、栃木県黒磯市にあるブリジストン栃木工場での大規模火災発生など、工場や施設での重大事故が最近相次いでいる。7月以降だけで見ても、このほか新日鐵の名古屋製鉄所(愛知県東海市)と北九州にある製鋼工場、名古屋市にあるエクソンモービルの油槽所ガソリンタンク火災など、いずれも死者や重傷者を出したほか、付近住民が避難を要するほどの被害をもたらす大変な事故・人災となっている。
 こうした状況は、とても会社側の管理体制のうっかりとか、ミスとかというもので片付けられるものではない。

 ○重大事故が相次ぐ要因は、近年の経営効率重視による製造工場・管理部門の合理化、収益重視からくる大幅リストラ、技術の過信と優秀な人材の軽視など容易に想像がつく。いずれも遠からず当たっているだろう。ただ、それ以上に重要な要素と思われるのは、ここ数年当たり前と見られ、場合によってはそのこと自体が理屈なしで“正しい”とされている「規制緩和」や「民間の自主的取り組み」重視という社会的風潮である。
 景気対策や経済性重視、効率主義の徹底という要請から、かつては大議論のあった住工混在地域の妥当性や住宅地域への危険物の設置、建築物に対する容積率の緩和などが、その手続き面も含めて、あまり問題視されなくなってきている。むしろ、そうした流れに抵抗すること自体がはばかれる時代になっている。

 ○しかし、そうした風潮は危険である。特に、保安や安全規制の緩和や合理化は、それを実施すれば必ず事故や災害発生のリスクと確率が高まるという経験則を肝に銘ずべきである。リスクの高まりに対する何らの措置・対応もせずして合理化や規制緩和を行えば、社会的な危険性は高まるばかりだ。
 最近は大事故だけではなく、例えば石油会社が保安検査で虚偽報告をしたりという考えられない事態も何件か発生している。これらは大問題となった東京電力による原発データ改ざん問題と共通するものだが、石油会社のケースもおそらく氷山の一角ではないかと思えてくる。きっとこれらも保安や案全問題は小手先の対応で十分という社会全体の風潮がいつの間にか関係者に伝染してしまったのではなかろうか。
 環境対策や保安の確保は直接的な利益を生まないが、「安心」という代え難いものを提供してくれる。社会的に必要な規制は決して緩めてはならない。



物わかりのよい環境税導入であっては困る
 ◇ 環境省の役割は既得権税制の抜本改革 ◇
2003/08/07(Thu) 文:(水)

 ○非公開の形で環境税制の全体像を検討していた中央環境審議会の専門委員会WGが、先月25日に「温暖化対策税」としての性格や課税要件、税収の使途の考え方、温暖化対策上の効果と経済への影響などを集約した報告をまとめ、今月中に国民から意見を聞くたたき台を策定する方針となっている。WGの検討では、炭素税を化石燃料に対して低率の3,000円/tCから高率の30,000円/tCまで掛けた場合、さらには税収の還流補助金を組み合わせた場合のCO2削減効果などをモデルで試算した。
 WGによる結論としては、「低率の炭素税約3,400円+税収の全額約9,500円を温暖化対策の補助金に還流する」考え方になったという。また、課税要件は条件付きながら、化石燃料の輸入蔵出し時や石油製品の製造時、あるいは発電用化石燃料の使用時、つまり最上流または上流段階が望ましいと指摘した。

 ○こうした温暖化対策税の素案に対して、経済産業省は昨年の石炭・石油税の改定によるエネルギー特別会計の見直しで、CO2対策は織り込み済みとして難色を示したほか、産業界も「初めに税ありき」との動きだとして反対姿勢を強めている。ところが、通常は新たな増税には常に厳しい対応を示すはずの野党である民主党は賛成方針、一部の環境NGOは早急に導入すべきとの主張を示しているほか、大手マスコミも大半が極めてよき理解者という「不思議な現象」を呈している。どちらかと言えば、反対は経済産業省+経済界で国民的には理解者が多いという構図とも見られる。

 ○意図的だったかどうかは別として、今回の税制案は実にうまくできている。課税額はガソリンで見れば2円/L程度で、増税負担感をあまり起こさせず、税収見込みの年間約9,500億円は全てCO2等削減のための補助事業等に使い、その結果わが国の京都議定書上の削減目標である△6%の達成に大きく貢献するというシナリオとなっている。補助事業リストには、膨大な債務を抱え国民につけ回しを続けていると強い批判のある森林整備に約2,500億円/年をはじめ、新たな省・新エネルギー事業、国土交通省がらみの対策事業など、既得権益に十分配慮したと見られるものが多い。
 2005年以降に可能な限り早期の環境税導入を掲げる環境省とすれば、もちろん国民的な合意形成が先決だが、実態的には道路特定財源を所管する国土交通省、昨年大臣同士が確認書を交わしエネルギー特別会計を現状の形で温存したい経済産業省、地方に動きが出ている森林環境税や水源税などを束ねる立場の農水省、そして消費税増税が不可欠とする財務省など既得権益を死守しようとする霞ヶ関での調整が最も難しいと思われる。

 ○しかし、今後の具体的な検討においては、そうした既得権益省庁のよき理解者であっては困る。今回のWG報告でも、最大の課題と思われた既存エネルギー関係税との調整の考え方については、ほとんど掘り下げた検討がされていなかった。環境省が初めから関係省庁とあまり波風を立てたくないと考えたわけではないだろうが、少なくとも年間1兆円規模の増税であるからには、最低限、既存のエネルギー関係税等を地球環境保全の観点からどう見直すべきかを提示する義務があろう。すでに、環境省自身が新たな税制導入は短期的な単なるCO2の6%削減が目的ではなく、長期的な今後の社会経済構造のあるべき姿として必然の「環境と経済の完全統合」に向けた一里塚というならば、なおさらであろう。
 すでに、こうした考えに近い主張は経団連や政府税調からもすでに提起されており、にもかかわらずこうした問題に環境省自身が泥まみれにならないというのは、あまりに表面的な国民理解にのっかった安易な対応と強く指摘せざるをえない。



首都圏の電力危機と原子力発電の総決算
 ◇ これからの原子力のあり方を共有すべきではないか ◇
2003/06/05(Thu) 文:(水)

 〇東京電力が設置する原子力発電所の大半が運転停止という異常事態が続く中で、この7〜8月にも首都圏において、広域的な「停電」に追い込まれるのではないかと危惧されている。結論から先に言えば、どのような「停電状態」になるかは別にして、仮に東電の原発17基中運転再開が容認されそうな4基に稼働がとどまれば、発電所での技術的なトラブルも含めて20%程度の確率で、その可能性は現実化する恐れがある。
 ただ、原発所在県の福島や新潟が首都・東京を停電に追い込むような対応を採ることは到底考えられず、また大臣の首をかけて平沼赳夫経済産業相が新潟・福島の両県を訪問して今回の一連の事態を「陳謝」するという動きもあり、停電回避の方向になってきている。しかし、東電の補修・点検作業の遅れや物理的に再稼働できないサイトが5月末時点で全17基中8〜9基程度あり、まだ予断を許さない状況が続きそうだ。

 〇今回の「首都圏で停電の可能性」という事態は、これまでのエネルギー政策において、その供給の安定性と電源別コストで最も経済性に優れるという理由から、優先的に開発・推進してきた原子力発電の役割と地位が大きく揺らいだことを意味している。まぎれもなく、経産省はこの20年あまり原子力を「準国産エネルギー」に位置付け、近年の温暖化対策面から必要性もあって国策として様々な優遇的な取り扱いを行ってきた。しかし、その原子力発電が経産省自身も認めざるを得ないような稼働停止の事態に追い込まれ、安定供給の担い手にならない、という状況が現実化したのである。

 〇東電が自ら招いた供給力不足とはいえ今回の事態は、発電量の40%以上を占める(首都圏と関西圏)までになった原子力が、立地地域の安心面や不祥事・トラブルによっては決して確固とした安定供給の電源とはなり得ず、一方で今期の東電の決算を見ても分かる通り、原発停止による膨大な損失が顕在化、原子力をわが国の「基幹エネルギー」とした政策は破綻しつつある。加えて、現行の原子力政策は、電力の自由化進展による投資リスクや核燃料サイクルに関する新たな巨額費用の手当て問題などが指摘されており、こうした面からも重大な岐路にさしかかっている。

 〇今回の事態を反原発団体やNGOなどの市民グループはどう見ているか。反原発団体は「敢えて危機を煽り、原発立地自治体に圧力をかけて運転を強行しようとしている。本気で節電すれば十分対応できる」(原子力資料情報室)などと主張している。また、市民グループからは「停電もやむを得ない貴重な体験。こうした事態を自然エネルギー導入や省エネ・節電運動実践の機会にすべき」との声も聞かれる。
 こうした指摘は、今回の事態を「脱原発」や「原子力発電規模の縮小」に繋げたいとする意図が強く感じられるが、一方で仮に停電が発生した場合に対する危惧や対応が示されていないのも不思議なことである。昨年起こった米・カリフォルニア州での輪番停電による都市機能マヒぶりや、大都会における停電が多くの経済的損失と、場合よっては相当の人的被害をもたらす可能性があるにもかかわらずである。これは市民グループ自身もすっかり電気の供給は至極当たり前のものという感覚に慣らされてしまったためだろうか。
 さらに、原発の停止ではその供給力の穴埋めとして、石油・天然ガス・石炭の化石燃料を大量に使用する火力発電をフル稼働させており、一時的とはいえCO2の大幅排出増という温暖化対策に逆行する結果を招いている。

 〇経産省は現在、昨年議員立法化されたエネルギー政策基本法に基づく政府として初めての「エネルギー基本計画」策定作業を進めており、この中でも今後の原子力政策をどう整理するかが一つの焦点になっている。一方で、電力自由化が2005年からは電力販売量の約63%に拡大されることが決定しており、巨額な先行投資が必要でかつ新規に約6兆円といわれる核燃料サイクル関連費用をみれば、原子力はまちがいなくその費用対効果および広義の意味での環境保全性(環境行政はこれまで全く逃げてきたが)などを総決算すべき時期を迎えている。すでに、資源エネルギー庁や電力会社はそうした方向に向かいつつあるとも言えよう。
 しかし、今回の東電問題を見るまでもなく、現実に原発抜きでは電力の供給に支障が生じ、かつわが国の温暖化対策の過半を原子力発電に委ねている実態からすれば、我関せずと逃げるわけには行くまい。原発がもたらす様々なツケは、我々がそのエネルギーを利用したことによって確実に大きくなっているのである。今後の原子力をどうするか、その答えはまだ持ち合わせていないが、市民・企業・行政の全てが少なくともその問題を共有すべき責任があるのではないか、と思われる。



年頭に当たって:「水」と「油」が世界の安定を左右か
 ◇ 異例の「環境立国論」をニュー日本の基本理念に ◇
2003/01/08(Wed) 文:(水)

 〇爽やかなそしてなんとなく良いことがあるだろうという新年をお迎えだろうと思います。今年も宜しくお願い致します。

 〇各界の新年の動きで目を引いたのが、日本経団連の奥田会長が元旦に発表した2025年頃のわが国のありようを描いた「活力溢れる日本を目指して」(奥田ビジョン)だった。その中では、消費税を毎年1%ずつ上げて財源不足に対処し、併せて企業減税などを段階的に引き下げる提案に注目が集まっているが、それよりも「環境立国論」を正面から経済界のトップが提唱したのは異例と言えよう。その中身はまだ具体性がないが、要はわが国企業が環境技術や環境配慮型製品、ビジネスモデルをもって内外で幅広く活動する「環境経営の推進」を実践しようというものだ。

 〇世界に目を転じると、2003年における国際情勢の展開は「水」と「油」が焦点になりそうだ。「水」の方は、今年は国連の「国際淡水年」、わが国でも京都や琵琶湖を中心に「第3回世界水フォーラム」が開かれることもあり、環境資源としての水論議が高まるのは必至と見られる。
 環境問題で世界的に著名な米国のレスター・ブラウン氏は、元旦の毎日新聞特集で、現在の地球には「水」と「食糧」の問題において抜き差しならない「危機」が深く進行しているとして強く警鐘を発していた。両方の危機には密接な相関性があり、温暖化により平均気温が上がると世界の穀物生産量が減少するとともに、地下水位の低下問題が顕在化している中国・インド・米国などの穀倉地帯でも深刻な状態になる可能性があるというものだ。
 一方で、米国によるイラク攻撃の可能性が指摘され中東地域の紛争激化が国際社会を不安に陥れているが、ここでの紛争原因にもインドとパキスタンと同様の中東諸国における水資源の獲得争いが背景にあるという。中東地域は概して年間の降水量が少なく、世界の水の豊かさをランキングした資料によると、ワースト5はアラブ首長国連邦、クウェート、サウジアラビア、ヨルダン、イスラエルが占めており、パレスチナとイスラエルの対峙でも水の主導権争いが絡んでいる。

 〇もう一つの「油」すなわち「石油」の権益権を巡る動向も米国のイラク戦略に密接な関連があり、すでに米国のブッシュ政権と巨大石油メジャーは、イラク攻撃に際して世界2位の埋蔵量を誇る油田の扱いとフセイン体制崩壊後の権益を協議しているという。この石油獲得を巡ってはロシアや中国も深く関わっており、表向きの国際社会に発するメッセージとは裏腹に、自らの国益を賭けた大変な駆け引きが水面下で行われているようだ。
 すでに、世界の原油価格はイラク戦争への緊張の高まりや減産必至の見方から、バーレルあたり30ドルを超える価格まで出現しており、不正問題で原子力発電所の自主点検に追い込まれたわが国とっても、極めて影響力は大きい。

 〇「水」と「油」の世界的な今後の行方は、わが国にとっても安定的な経済社会の営みを続ける上で、極めて重大な問題である。水問題は一見すると、豊かな水資源に恵まれたわが国にとって他人事のように見えるが、必要な食糧の60%以上を他国に依存している実態は大量の水を輸入しているに等しく、海外諸国の水資源枯渇が回りまわって、わが国が首を絞められるという事態になりかねない要素を持っている。「油」に至っては、いまさら説明を要するまでもなく、経済活動や生活にとっての血液だ。
 水と油は「互いに交じり合わないものの喩え」としてよく引用される。しかし、冒頭の奥田会長が提唱した「環境立国」や「環境経営」から言えば、日本が「水と油」を自国の利益追求のみではない「地球益」のために利用・保全するよう、先頭に立って汗をかくべきではないか。それを、内向きな経済再生に汲々としているばかりではなくて、これからのニュー日本の外交上のポリシーにするもよし、見直しが指摘されているODAにおいても、明確に位置付けた運用を考えたらどうだろうか。



エネルギーと環境政策の根幹を揺るがす東電原発不正問題
 ◇ 原子力への依存と相反する国民の許容度 ◇
2002/09/18(Wed) 文:(水)[Home]

 ○「まさか、あの東京電力がそんなことをするはずがない。何かの間違いではないか」。第一報に接して、多くの企業人やマスコミ関係者がそう思った「原発点検データ不正行為」は、やはり事実だった。原子力安全・保安院の調査によると、福島第一原発、同第二原発、柏崎刈羽原発の計11基に、記録の改ざんや隠蔽、無断での機器取り替えなど29件にわたる不正の疑いが見られたという。東電も17日、自らの調査結果として、16件の不正を認め謝罪するとともに、再発防止対策や荒木会長、南社長など首脳陣の辞任および関与した役員を含む35人の処分を発表した。
 保安院の関係者によれば、今回判明した不正が稼働中原発の安全性に直接つながる危険性は技術的にあり得ないとする。しかし、今回の東電の不祥事は、安全性以前の企業倫理という企業存立の基盤を“原子力村”という閉鎖社会が、安全性には心配ないとして無視してきたおごりの典型例とも言えよう。

 ○しかし、不正行為の一連の経緯には解せないことが多すぎる。すでに、多くの批判が出ているが、告発者からの通知が旧通産省にもたらされてから、真相が公表されるまで2年以上もかかっていることや、問題の重要性を東電経営陣が気がつかなかったという点、そして経済産業省もなぜこれまで積極的な対応を取らなかったのか、まだ他に隠された事情があるのではないかと思うほど不思議だ。一部には、難航している電力自由化論議を前に進ませるため、あるいは先に経済産業省が方針を打ち出した新たな石炭課税を前提にしたエネルギー特別会計の見直しを、電力業界にのませるために政治的に仕組んだのではないか、といううがった見方をする業界関係者もいる。

 ○東電および経済産業省原子力安全・保安院は、今回の問題の調査結果を踏まえて、今月中にも原発の定期検査や自主点検、東電社内での再発防止対策など抜本的な改善方策を講じる見通しだ。しかし、電力業界のトップランナーが引き起こした不祥事はあまりにも影響が大きい。当然ながら原発立地している福島県や新潟県などの強い反発を招き、懸案だったプルサーマルの実施も大幅に遅れるとともに、2010年までに10〜12基新増設するとしていた政府による地球温暖化対策のためのエネルギー・環境政策の展開もかなり困難になってしまった。そうなると、京都議定書で義務化されている2008〜2012年にCO2の6%削減も極めて困難となり、改めて達成方策を構築する必要に迫られる。

 ○一方で、使用済燃料の効率的利用を前提に長年採られてきた「核燃料サイクル路線」の破綻につながる可能性がある。電力業界をあげて建設中の青森県六ヶ所村の再処理施設は2005年に竣工する見込みだが、プルサーマルの実施が延期されれば余剰プルトニウムの増大に拍車をかける事態となり、国際的な批判を招き、サイクル自体が回らなくなる。
 今回の東電の不祥事に対するマスコミ報道は、決定的な形での科学的な安全性問題が無かったにもかかわらず、大々的に報道され、原子力推進に致命的な影響を与えた。人によっては、5年以上の遅れになるとの見通しを語る関係者もいる。政府や電力業界がここ数年鮮明にしたエネルギー環境政策における「原子力依存」とは裏腹に、国民は原子力依存への許容範囲を逆に狭めていたと見ることもできよう。この政府と国民(世論)の大きなギャップをいったいどう埋めていくのか、我々もこの先きびしい重荷を背負ったことになる。



奥田・日本経団連の自己革新が日本の活力を呼び起こす
 ◇ ◇環境問題とエネルギーを切り口に社会経済の変革を◇ ◇
2002/08/07(Wed) 文:(水)[Home]

 ○「小泉総理には総裁の任期一杯続けてもらいたい。できればさらに延長してもらいたい」(7月26日、東富士夏季フォーラム後の記者会見)。「税制改正は減税先行型がよい。経済財政諮問会議、政府税調、自民党税調が多少ニュアンスの異なる政策を出している。自民党税調だけが主であるというわけではないが、手続き上、最終的には党税調を経なければならない」(7月22日の記者会見)。
 田中康夫長野県知事に対して、県議会が不信任を可決したことについて記者から質問を受けたときは、「(リーダーと議会は)お互いにがんがん主張すべきで、田中氏はその典型」と田中知事への支持を表明した。(7月9日付日経新聞)
 以上は、5月に装い新たに「日本経団連」が発足した後、初代会長に就任した奥田碩氏が残した語録を勝手に並べたものである。いずれも、思ったことを自分の言葉で、率直かつ積極的に発していることが読み取れる。

 ○奥田氏が会長に就任した5月末に怪文書が流れたことがあった。その内容は、会長就任の挨拶のため奥田氏が霞ヶ関に出向いた際に、雑談の中で「原子力利用のような巨大技術をいつまでも推し進めてよいのか、私は疑問に思っている」と語った、というものだった。経団連事務当局がそうした事実はないと否定したため、大騒ぎにはならなかった。こうした“事件”が、天衣無縫といわれる奥田氏の言動や行動を制約することにつながらないかと心配もしたが、大丈夫だったようだ。
 旧経団連の会長は歴代、その大半が鉄鋼業などの重厚長大といわれる装置産業から選ばれたこともあり、経団連の役割は、経済界の利害調整と自民党政冶への注文と圧力、それらによってもたらされる相応の業界利益の確保というのが主なものだった。いきおい、対外的な発言は慎重となり、自ら進んで国のあるべき方向を示し、リスクを冒してでも独自の主張を展開するという姿は、ほとんどみられなかったのである。しかし、奥田会長の出身企業は自動車産業という製造業そのものであり、その市場は国内は当然として、世界中の国々ほとんど全てが対象となる、まさにグローバルスタンダードがきびしく求められる輸出企業でもある。旧経団連のような、護送船団方式による顔の見えない行動様式や言動では、国際的に通用しないことが目に見えている。

 ○地球温暖化対策に一歩先んじてどう対処するか、というテーマ一つをみても、わが国はいま抜本的な社会経済構造の変革を強く求められている。小泉首相主導のもとで、制度的な規制改革は徐々に進みつつあるが、一方で旧経団連と自民党・霞ヶ関との関係や、業界の利益を最重視する長年の慣行・慣例の見直しは、置き去りにされたままだ。
 「失われた10年」という言葉はそろそろ聞き飽きたが、旧経団連の行動様式も例外だったとは思われない。温暖化対策をテコにして社会経済構造を変える糸口にできることはまだまだ沢山ある。サマータイム導入しかり、猛暑の中での背広にネクタイの慣行など、日本経団連が積極的に動けば変わるかもしれない。業界の利害調整団体から、日本に活性化をもたらす行動する組織、説明責任を伴った発言する組織に脱皮するよう、奥田新会長の自己変革に期待したい。



目前に迫ったW杯サッカーとヨハネスブルグサミット
 ◇ 持続可能な社会経済づくりに10年かけたが大きな進展ないまま ◇
2002/05/23(Thu) 文:(水)[Home]

 ○5月31日から開催される日韓共催のサッカーワールドカップ(W杯)がカウントダウンに入り、大変な盛り上がりを見せている。サッカーは世界で最大の競技人口を持ち、国技的なスポーツにしている国も多いことから、お祭り気分になるのも当然かもしれないが、大会の運営や管理は相当独善的で閉鎖的なようだ。
特に、興業面では「サッカーマフィア」のような存在が既得権益をがっちり握り、開催国といえどもそうしたルールを変えることは出来ず、植民地的な対応を余儀なくされると言われる。また、メディア業界がこぞってW杯を盛り上げ支援している姿は、国際的なスポーツ報道という使命もあるが、その前に様々な形で自らの媒体を、この時に最大限活用して収益増を図る狙いもある。

 ○それにしても、わが国政府や自治体のW杯への対応をみると、あまりの迎合主義と無原則的な対応に腹が立つ。試合開催地や練習キャンプの引き受け先となった関係22自治体は、一部報道によれば、合計で総額約34億円の予算を組み、はるかにそれ以上の経済効果をはじいていると言う。そのために、プライドもかなぐり捨てて参加国チームの言いなりとなり、まるで物語に出てくる王様をもてなすような自主性のない姿勢だ。

 ○これだけの国をあげてのW杯なのだから、環境問題との両立もさぞかし十分な対応がとられていると思っていたが、日本と韓国の取り組みには際立った違いがあるようだ。日本は関係施設の整備・運営などに関して統一的な政府の方針もなく、2〜3ヵ月前に環境省が外務省や文部科学省などに申し入れたが、「勝手にしたら」というつれない返事だったという。おそらく日本チームが試合をする会場周辺は大変な混雑になるとみられるが、報道で流されるのは警察庁からの交通渋滞を回避するため公共交通機関をなるべく使ってほしいぐらいのものだけで、地球的な環境問題を意識した視点はみじんも感じられない。
 一方、韓国では環境保護団体など草の根レベルで、多種多様なW杯開催と環境保全の両立を目指す行動が熱心にとられているようだ。わが国はいつのまにか、スポーツと環境問題やNGO活動の面においても大きく水を開けられてしまっている。

 ○W杯開催のカウントダウンと同様に会議まで残り100 日を切ったのが、リオ・サミットから10年たった節目として南アフリカのヨハネスブルグで開かれる「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(リオ+10)。地球的な環境問題に対する国際社会の取り組みをチェックして問題解決の方向を打ち出すための会議だが、W杯とは対照的に事前の準備会合や様々な各国間調整が行われているにもかかわらず、盛り上がりがいまひとつ見られない。
 この会議の目玉にされる予定だった気候変動枠組み条約の「京都議定書」の発効も、わが国はようやく批准が確定したものの、米国の離脱やロシアの批准手続き遅れなどにより、会議期間中に発効されることが絶望的になった。10年前のリオ会議で各国政府や政治家、科学者やジャーナリスト、NGOらが共有したはずの「地球への危機に対する国際社会の一致した行動」が色あせており、W杯サッカーとはあまりに落差があり過ぎる。

 ○細かいことだが、2週間にわたって開催されるヨハネスブルグ市内の宿泊施設およそ5万ベッドを南ア政府が独占的に借り上げ、法外?な条件(1泊3万円程度で通しで使用することが条件)で斡旋するというやり方が行われている。こうしたやり方に抗議の意味も込めて、本誌では現地取材を止めることにしたが、W杯サッカーだけではなく地球的な環境問題という崇高なテーマにも、悪しき経済・商業主義がはびこっている。



地球温暖化対策を新たな社会経済づくりのチャンスに
 ◇ 旧態依然の環境政策とエネルギー行政 ◇
2002/04/04(Thu) 文:(水)[Home]

 政府は3月末までに「地球温暖化対策推進大綱」の改定と、気候変動枠組み条約を実質的に機能させる京都議定書の今国会批准を前提にした承認案件、その国内対策を裏打ちした「地球温暖化対策推進法の一部改正案」などを決定、今後これらが国会で議論されることになる。
 大綱では、エネルギー供給業種を含む産業部門や運輸部門とともに、民生部門として「国民各界各層のさらなる地球温暖化防止活動の推進」を指摘、具体的に@家族が同じ部屋で団らんして暖房・照明利用を2割減らす、A1日一時間テレビ利用を減らす、Bシャワーを1日1分減らす――などと箸の上げ下ろしを指示するように、こまごまと書いてその効果によりどのくらいCO2の削減ができるかまで試算している。

 環境問題とはいえ、個人の生活領域まで国が関与してくるのは、極めて異例のことだ。おそらく戦時中か昭和50年前後の石油ショック以来ではなかろうか。この背景には、産業部門から排出されるCO2はずっと横這いで運輸や民生に由来するCO2が大きく増大しているのだから、そのツケはそちらできびしく対処してもらうというわけだろう。一方で、今回の温暖化対策では、ステップ・バイ・ステップのアプローチを2008年までにとるとしており、次の点検・見直しを行う2004年には、そうした民生部門対策も、効果があがっていないとして、強制的な措置にでも切り替えるというのだろうか。

 優秀と言われる霞ヶ関の官僚が真面目に考えたとはとても思えない。第一に、我々個人の生活は温暖化対策を最重視して日々送っているわけではない。老人問題もあれば、ウサギ小屋的住居環境の問題もあるし、病人を抱えるなど様々な制約や難しいしがらみの中で生活しているのが一般的だ。テレビのことをいうなら、どうでもいい番組を夜中中垂れ流しして広告費を稼ぎまくっているテレビ報道(深夜番組の中止など)こそ、まず政府として対処すべきであろう。
 第二に、こうした個人の生活のあり方をいとも簡単に盛り込んだ手続きに問題がある。別にこの件に関してではないが、環境NGOからは今回の一連の調整・決定プロセスに対して「密室の中でのやりとり」とする批判を受けていた。たしかに、経団連など産業団体や利害関係者との調整は念入りに行ったようだが、個人の生活に立ち入る部分に関して、十分な議論を行った形跡はほとんどない。昨今、政と官の癒着や特定政治家の影響力、○○族議員の圧力などが大きな政治問題になっているが、環境政策の決定過程でも産業界などの意見しか聴かないという構造が長年続いており、正常な姿ではない。
 第三に、経済不況が長引くなかで、経済政策・財政政策の観点からはしきりに、個人所有資産の市場化や個人消費の刺激が強調されている。ところが、一方では節約・節制しろとの号令を同じ政府が平気でかける。エネルギー政策でもしかり。日本は国際的に電気・ガス料金が高いから、自由化を推進して市場競争を活発化させるとの検討が総合資源エネルギー調査会で進んでいるが、エネルギー価格が安くなれば省エネルギーの効果は少なくなるし、CO2削減の主力としている原子力発電の新増設も計画通りいかなくなる可能性が高い。

 今回の温暖化対策は従来のものとは違って、国際的に京都議定書が発効する可能性が高い状況下という、まさに節目の極めて重要なタイミングでの政策決定だった。本来であれば、経済政策・財政政策・都市政策・エネルギー政策・農林業政策や国民の負担など総合的な視点で、新たな社会経済づくりとして打ち出すべきなのに、旧態依然の対応に終わってしまった。そのツケが数年後にやってくるのは間違いないと思われる。



異例の閣僚交代劇、川口環境相が外務大臣に
 ◇ 何が起こっても不思議ではない通常国会本格論戦へ ◇
2002/02/08(Fri) 文:(水)[Home]

 2002年の通常国会スタートは、先行きを暗示するような波乱の幕開けとなった。アフガニスタンの復興問題に協力していたNGOに、鈴木宗男衆院議員が圧力をかけたという問題を巡って、外務省の事務方トップの野上次官―鈴木宗男議員連合と田中真紀子外相が決定的に対立、最終的には小泉首相の裁断により田中外相を更迭、川口順子環境相を急きょ代わりに充てた。鈴木宗男氏は就任したばかりの議院運営委員長を辞任、野上次官も間もなく辞職する見通しだ。
 こうしたけんか両成敗の顛末については、すでに他のメディアにより多く報道されているのであらためて触れないが、編集子として今後の政局や行政の展開を占う意味から、注目したことをあげれば次のようになる。

 一つは、閣僚の中でもこれまで常に格下扱いだった環境大臣が外務大臣という重要ポストに“横滑り”したこと。これまででは考えられないまさに異例な交代劇といえる。関係筋によると、小泉首相が考えた後任の絶対条件は「女性」といわれ、本命とした緒方貞子さんに固辞されたこともあり、十分な実務能力にたけた川口さんに、という現実的な選択だったとの見方がある。とはいえ、今回の交代劇が間違いなく環境大臣というポストを閣僚の中で上に押し上げたことは、今国会で締結予定の京都議定書や地球温暖化対策強化のための国内法など、今後の政府における一連の対応に少なくない影響を与えると見る。

 二つは、おそらく鈴木議員が圧力をかけたであろう(当事者だったNGO側もそう証言している)NGOの問題で、大臣交代までに至ったという現実である。今回のような、議員や官僚などによる“圧力”ならば、特に珍しいケースでもなくこれまでにも随分同じような事例があった。ところが、今回は田中前外相と鈴木議員の間で以前から確執があったとはいえ、国政上重要な政策課題が争点になったわけではなく、「NGOへの対処が適切であったか」という点であった。わが国においても、NGOの存在が政治的にも極めて重要な存在であり、これを無視すると手痛い目にあうかもしれないことを知らしめた。

 三つは、霞ヶ関の中で長らく唯一続けてきた外務省という「一家主義」が、音を立てて崩れ始めたということである。すでに、川口新外相は今後の外務省改革に関して「自分たちだけが特別な存在という意識を捨て去れ」と指摘しているが、とにかく、これまでの外務省は、大使の選任をほとんど独占して他省庁や民間人を登用することはせず、他省庁との交流人事においても相手に対して植民地的な要求を繰り返してきたと言われる。昨年1月にスタートした中央省庁再編で、全く無傷だったのが外務省だけというのも「特別な官庁」という意識の延長線上にあったといえよう。それが、旧通産省官僚で環境相を務めた川口さんという新しい血が移入されたことにより、大きく変わらざるをえない状況に追い込まれた。これで関係者から長らく要求の強かったODAの配分や運用も変化してくるかもしれない。

 関係筋によると、今回のけんか両成敗で一番ほっとしているのは、更迭された田中真紀子さんご本人だろうという。いわれるところの虚言癖は確かなようで、新聞記者らにとっても悩みの種だったようだ。いわば、外相の仕事をこなしていく条件(環境)がすでに崩壊しており、限界に追い込まれていたという見方である。
 今国会には、内閣提出と議員立法を含めるとゆうに100本以上の法案が予定されている。この中には、エネルギーと環境分野関係も10本近くある。小泉首相の支持率が今回の出来事で急落したが、しかし50%台という歴代首相の支持率に較べて高い水準を維持している。いわゆる抵抗勢力も今回のエラーで勢いを増しており、今後何が起こるか分からないという様相はますます高くなってきたと言えよう。



2001年から2002年へのメッセージ
 ◇ 京都議定書批准問題、炭素税導入など波乱の幕開けか ◇
2001/12/31(Mon) 文:(水)[Home]

 2002年。明けましておめでとうございます。しがない専門誌ですが、私どもの「エネルギーと環境」も創刊以来34年目に入りました。マンネリ化を打破し社会の一隅を照らすべく、今年もイキのいい記事の提供にあらためて努力いたしますので、よろしくお願いいたします。

 年末年始の時期は気をつけないと、マスコミ騙しの一週間とも言われており(私が勝手に長い経験からそう言っているに過ぎないのですが)、かつては旧通産省の幹部が新税を導入する方針を固め、31日の大晦日に経団連会長など財界のキーマンを次々と自宅に訪ね、当時の“抵抗勢力”を籠絡させて、ついに事実上新税導入の流れを作ってしまったことがありました。財界のお歴々は、おそらく自らの生活をなげうって大晦日にまで、お国の仕事として説得にきたその一途さに動かされたのかも知れませんが、当然ながらマスコミはまったくノーマークで、気がついたときは後の祭りでした。

 昨年末から年始にかけては、どうやらエネルギーと環境の分野に関連したそうした動きはなかったようですが、中央官庁の幹部人事では環境省や農水省のトップ人事が発令される動きがありました。環境省は人望のあった太田義武事務次官が旧大蔵省出身の中川雅治総合環境政策局長(1969年入省)にバトンタッチ、その一連で局長クラスが二人、部長クラスが一人異動になりました。太田さんという人は内閣にも長くおられた関係から人脈も広く、部下の意見にもよく耳を傾ける頼りになる人でしたが、体調を崩したため、まさに今年は課題山積の環境省におもいを馳せ、後身に途を託したのでしょう。
 一方、経済産業省の事務方トップ人事も関係筋でひそかに注目されていました。1999年9月に事務次官に就任した広瀬勝貞氏(1966年入省)がすでに3年目の長期政権に入っており、幹部人事の若返りをはかる意味からも、通常国会前に一区切りという説も流れていました。しかし、昨年12月に内閣改造が消えたことや、石油公団の廃止に伴う具体策の検討、さらには道路財源の見直し問題に連動する可能性のあるエネルギー特別会計の一般財源化問題など、こちらも一山もふた山も難題が待ちかまえており、幹部人事どころではないというのが見送りになった理由のようです。したがって、おそらく通常国会終了まで現幹部体制でいくことになるのでしょう。

 さて、午年の今年は、小泉首相も昨年にも増して競走馬のように走り続けないと、国民の高い支持率を維持できないように思われます。スタミナ(エネルギー)と気力が持続するかどうか心配で、たまには2週間くらいの完全休暇を取らせてあげる方がかえって日本の国のためになるような気がしますが。
 エネルギーと環境問題の分野をみても、今年は大変重要な年になりそうです。特に、1992年の「リオサミット」以来10年を迎え、失われた10年とは言いませんが、地球温暖化問題をはじめとしてあの時に国際社会が合意した政策と行動がどこまで進展したのかを検証する年となります。そのために、今年8月には南アフリカのヨハネスブルクで「持続可能な開発に関する世界首脳会議」が開かれ、この10年間に政治家・行政・科学者・NGO・メディアなどがいったいどんな努力をしたのか、が問われることになりそうです。それぞれの立場でそうした点検と検証がなければ、今年から始まる次の10年も明るい展望は生まれてこず、一般の人々の理解と支持を得ることが難しくなるような気がします。

 さしあたりは、小泉首相の通常国会冒頭での所信表明演説が様々な面から注目されます。特に、京都議定書の批准問題など温暖化対策へのわが国の取り組みとエネルギー問題との関わりにどんな哲学を示すのかが問われることになるでしょう。すでに、昨年12月には中期的な税制の抜本見直しを指示した際、特別会計制度の見直しとともに、「炭素税の導入検討」も視野におく旨を指摘したようです。いずれにしても波乱の幕開けとなりそうですが、途中で息が切れて倒れないように、もう少し自分の時間が多くとれるようなゆとりのある1年にしたく思います。自らの生活に満足するかどうかは、経済や政治から与えられるもので決まるのではなく、自分が納得するかどうかにかかっているような気がするからです。



COP7・マラケシュ会合と米国の一国主義どうなる
 ◇ 産業界は米国抜き批准強く反対するが、この機会を利用するのも一つの策 ◇
2001/10/27(Sat) 文:(水)[Home]

 今月29日から来月9日までモロッコ・マラケシュで開催される気候変動枠組み条約の第7回議定書締約国会議(COP7)は、米国での同時多発テロ→アフガニスタンへの報復攻撃による国際情勢の不安定さから、開催が危ぶまれていたが、どうやら予定通り開かれる見通しとなった。ただ、モロッコがイスラム文化圏であることや、アラブとイスラエルが再び緊迫した情況にある中東地域に比較的近いこともあり、偶発的な事件に巻き込まれる不安から、参加者はわが国をはじめとして従来よりも大きく減る見込みになっている。

 COP7が近づくにつれて、わが国産業界(特に経済団体連合会や日本商工会議所)による、「米国が議定書に不参加のままで、日本が京都議定書を批准するのは断固反対」という見解が強まり、小泉首相や自民党の山崎幹事長らへの働きかけを強めている。今の見通しでは、COP7の政府間協議では懸案の京都議定書運用ルールが最終的に合意されて正式に採択され、2002年を目標とした発効のための条件が米国不参加のままでも整うとの見方が強く、産業界はそうした流れに日本が安易に乗るべきではないと主張する。反対している理由は、世界のCO2排出量の1/4を占める米国が不参加のままでは、温暖化対策を国際的に進める実効性に乏しく、エネルギー効率ではトップクラスにあるわが国の経済競争力をかえって弱め、国益を損なうというものだ。

 産業界のこうした主張はもっともな部分もある。
 しかし、だからといってそうした論理を貫けば、日本は米国の京都議定書不参加をかくれみのに、国際社会による温暖化対策の実質的な第一歩をぶち壊したという強い批判を招きかねない。また、一方で産業界自らの主張を本来は米国政府や米国産業界にもぶつけなければおかしい。米国は、同時多発テロ事件がおきる直前までは京都議定書問題に限らず、WTOの「貿易と環境」や生物多様性条約、生物兵器防止、地雷除去など国際社会の新たな取り組みに背を向け、一国主義政策を強く押し進めてきた。そうした方針が先日のAPECの首脳会議に見られたように、国際協調路線に豹変したのである。

 今後の温暖化対策国際交渉においても、そうした前例からみれば突然米国が政策変更を打ち出す可能性も否定できない。わが国にとって大事なのは、米国が不参加という機会をうまく利用して、今後30〜50年以上は続くと見られる地球温暖化対策を呑み込んだ強靭な経済・社会構造を作り上げていくことではなかろうか。



がっぷり組み合った四つ相撲・小泉首相 vs 全霞ヶ関
 ◇ ――特殊法人・公団等の存廃めぐり全面衝突―― ◇
2001/09/06(Thu) 文:(水)[Home]

 2002年度予算の概算要求締切り(ITや環境など重点7分野は9月末の見通し)を踏まえて、特殊法人や公団等の組織見直し問題が本格的な攻防戦となってきた。政府における通常の政策や事業の遂行では、与党で構成する内閣の方針に反旗をひるがえすことはあり得ないはずだが、この不落の砦・霞ヶ関城のピラミッド的組織が崩壊の危機に立たされるとなれば、全く別だ。
 普段はあまり仲のよくない省庁も、その垣根や大小にかかわらず一致団結、71ある特殊法人の廃止・民営化にことごとく反対、小泉首相の方針に一歩も引かず、四つ相撲を展開している。野次馬的な国民から見れば、ドラマの迫力がいまいちとなってきた「わがまま田中真紀子外相 vs 世間知らずの誇り高き外務官僚」による体力戦よりも、よっぽど面白いかもしれない。

 ただ、意外だったのは、天下り役人の宝庫と言われた石油公団の廃止方針にあの経済産業省が徹底的に粘ることなく、平沼大臣をはじめ幹部が肯定的な対応にギアチェンジをしたことだ。逆に6つの公団・特殊法人を抱える国土交通省は、当初は鼻息も荒く“実力”で阻止する対応を見せていたが、小泉首相の地雷を踏んだ格好で攻撃を受け、いまや石油公団に変わって抵抗勢力の右代表選手と見られ、徹底的に非難を浴びる対象になってしまった。これでは、経産省のような高等戦術の「名を捨て実を取る」ことも危うくなってきた。

 とはいうものの、わが国経済活動のトータル量から見ると、公団や特殊法人をはじめとする官が何らかの形で関与する活動規模は3割から4割にも及ぶという説がある。一段の景気後退が見られるなか、特殊法人等改革は「進むも地獄引くも地獄」という様相すら漂う。しかし、例えば農水省所管の「緑資源公団」(旧森林開発公団)のような、組織名とは全く逆の山間部にコンクリート道路を通すため、ほとんど投資効果のない無駄な国営事業を30年以上続けているところもあり、改革の必要性は枚挙にいとまがない。
 まさに、きびしい時代に突入したが、雨の日が永遠に続くことはあり得ず、これからの日本経済に曇り日の薄日がさしてさらに天気晴朗なり、となることを期待して、前へ前へと進みたいものである。



試される小泉改革の環境自主外交
 ◇ COP6再開会合を踏まえ、「京都議定書問題」最終局面に ◇
2001/07/05(Thu) 文:(水)[Home]

 ○2002年に発効を目指した気候変動枠組み条約の京都議定書問題が、ドイツ・ボンで今月16日から開かれるCOP6再開会合を前に混沌としている。昨年11月のオランダ・ハーグ(COP6)で合意できなかった京都メカニズムの交渉で相当な積み残し問題があるほか、資金や技術協力を約束した先進国の履行に対する途上国の不満が強まっており、これに米国ブッシュ政権が3月に打ち出した京都議定書離脱方針の収拾問題も加わり、極めて複雑な政府間交渉になりそうだ。
 川口環境相は米国に翻意を促す努力を最優先に進めているが、再開会合の成否の見通しについては包括的な全面合意が難しく、「部分的合意」にとどまる可能性があることを示唆している。

 ○国内対策の検討では、先月末までにわが国のCO2等削減目標の6%を実現すべく、経済産業省の総合資源エネルギー調査会の各部会が今後のエネルギー政策や長期エネルギー需給見通しをまとめ、また環境省の中央環境審議会も新たな対策を集約しつつある。しかし、産業界には上のような京都議定書発効が不透明な情況下での対策まとめや、米国の離脱に拘らず推進する政府の方針に不満を強めている。対して、野党4党や環境NGOなどは日本政府の米国説得最優先方針に強い批判をぶつけている。

 ○ただ、内政問題に関する積年の悪弊に対しては積極果敢な改革を打ち出している小泉首相も、こと外交面特に日米関係のパートナーシップが絡むような問題については、別人のように慎重姿勢になってしまう傾向が強いようだ。だだっ子のように京都議定書には戻らないと主張している米国に対して、最後の最後まで付き合う理解を示す一方で、米国抜きでも発効を目指すというEUとの調整役も行うという。それはそれで大事な日本の姿勢とは思うが、この対処方針を続けるかぎり、日本がリーダーシップを発揮して取りまとめた国際的な「成果」である京都議定書自体が崩壊する危険性を持っている。いま、世界では「京都」の名前がとびかっているが、その「京都」が地球を救う一歩となるのか、挫折の代名詞になるのかの岐路に立っていると言えるのではないか。

 ○京都議定書を批准するかどうかは、独立国家としての日本の権限の問題である。「2002年京都議定書発効」を実現するには、COP6再開会合で米国が参加しなくても、日本は国際合意を指向し独自に批准することを決断すべき時期ではないだろうか。小泉首相は「言ったことは実行する」というのがまさに小泉流と標榜。昨今の事態は、先の国会の所信表明での「2002年の京都議定書発効に最大限努力する」と「米国の京都議定書への復帰」は両立しない状況になっている。
 小泉首相は、京都議定書をとるか、はたまた米国をとるかを明確にすべき時期を迎えている。



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