[過去289〜304 回までの今月のキーワード]
エネルギー・環境政策の市場経済化は万能か
◇ 経済性と効率性重視の後遺症を危惧する ◇
21世紀という新たな時代の幕開けとともに、わが国は中央省庁再編の1府12省庁体制を6日にスタートさせました。うたい文句は「効率化・スリム化した行政」「政治主導型の確立」などとなっていますが、各省庁にいきなり2〜4人の国会議員を配したからといって30年や40年続いた省庁の対応パターンが大きく変わるとはとうてい思えません。政治家が日本の優秀なる官僚と本当に伍していくには、従来のような平均任期が半年〜1年程度という慣行こそまず改め、政策評価・判断能力のボトムアップをはかり、国の将来を憂う姿を身をもって示すことが先決ではないでしょうか。
再編スタートに際して、「経済産業省」は仕掛かり中の経済構造改革に一層のスピードアップ、「環境省」は総合環境政策局に「環境経済課」を創設して環境政策の今後の展開に経済的措置を具体化する構えを見せ、それぞれの認識や必要性は別として、欧米流の市場経済主義をさらに強く進める方針を明らかにしました。確かに、わが国の環境政策はこれまで技術的な裏づけのある規制的手法がその中心であり、地球温暖化問題や廃棄物処理・処分のテーマのような原因者とそれによる環境影響が特定しにくいケースについては、環境コストの内部化も含めてどんどん具体化すべきでしょう。しかし、環境行政の基本線である国民の「健康保護」と「自然環境の保全」などはそもそも市場経済とは相いれない領域を持つ施策であるはずで、そうした点が経済合理性の考え方により軽視されないか危惧されるところです。
エネルギー面から見ても環境と同様の危惧があります。昨年12月に閣議決定した経済構造計画の新行動計画では、電力やガス事業を中心に一層の規制緩和による市場競争化の促進、現行料金コストの引き下げによる国際水準並み価格の実現を追求するとしています。しかし、エネルギーは元来、貴重な資源としての役割を持ち地政学的に見ても「特殊な商品」であり、地球温暖化問題との関連からいえば価格を安くするよりもむしろ他の商品より相対的に高めにして消費の抑制を図ることが正解のはずです。長年の垢がたまったエネルギー産業自体を活性化して既得権を見直すことに異論を唱えるわけではありませんが、そのことイコール「低廉なエネルギー価格の実現」という図式にはどうしても納得がいきません。大口の需要家や経済産業省が主張するような割安なエネルギー価格が実現したからといって、本当にわが国の産業競争力が強くなり国民にハッピーをもたらすのでしょうか。
たしかに、米国流の市場競争万能主義をベースにした欧米での電力・ガス事業の見直し政策はわが国よりも数段進展しているようです。そうした流れにわが国が取り残されないため、米国などが要求するエネルギー市場の開放に対応するためという側面のあることは理解できないわけではありませんが、自由競争の促進は一方で今もカリフォルニア州で続いている電力価格の暴騰(kWh当たりの価格が一挙に約6倍に跳ね上がる)や輪番停電、電力会社の経営危機などの異常事態が生起される可能性もあり、またその延長戦上には低所得者等は必要なエネルギーを購入できないという「弱肉強食」「弱者切り捨て」の世界が出現することも事実です。わが国でも同じような事例がありました。かつての国鉄が民営化されて採算性の悪いローカル線が次々と廃止され地方の過疎化に拍車がかかったことや、航空路線の自由化に伴いレジャー用に若者が割安で利用できるドル箱路線は便数が増えたものの、経済活動や生活に不可欠なローカル路線は採算性を理由に次々と減便・廃止されている実態など、経済原則の偏重が人々の生活を否応無しに圧迫していく様があります。
本来、「経済」とは人々の生活を豊かにするための手段のひとつであるはずです。それがいつのまにか市場競争の推進という錦の御旗の下に目的化されてしまっています。我々は「エネルギーと環境」というテーマを通して市場経済化、効率化のスピードをわが国の歴史、文化、独自性を踏まえつつ、もう一度中長期的な視点から考えてみる必要性がありそうです。
政治主導という国政改革に期待できるか
◇ COP6・内閣改造・新省庁人事に共通するもの ◇
今世紀最後の合意の機会だった地球温暖化対策具体化のための国際的な共通ルールづくり(COP6会議)は先月25日会議を1日延長したにもかかわらず、結局「物別れ」に終わり、あらためてCOP6.5の会議として各国が仕切り直しをすることになりました。「物別れ=COP6の中断」直接的な原因は2010年頃に設定されているCO2等の削減数値にカウントする森林等吸収分と京都メカニズムに適用する上限措置を巡りEUと米国の話合いが最後までつかず、結局時間切れ。最後の閣僚どうしの膝詰め交渉で、日本は2010年要削減量△6%のうちの3.5%、米国は同じく△7%のうちの3%程度まで認められそうになったようですが、今回はこうした案が途上国との間で実質的に討議されておらず、来年5月頃に想定されているCOP6.5閣僚会議でも再交渉の起点がどこになるのか見通しが立っていません。
COP6を取材した側から見れば、CO2等削減による自国の経済的マイナスを少しでも小さいものにしようとする戦術を先進各国とも最大限駆使していたものの、そこから1歩距離をおいて、より大きな人類共通の利益である地球温暖化防止対策を前に進めるという高い見地からの共有された戦略が見られなかったのは残念でした。
端的に言うなら各国の利害という国益の前に地球を守るという「地球益」がすっかりほんろうされてしまっており、そうした意味においては今回出席した先進各国の政治家の責任は重大なものがあったと言えるでしょう。
政治家の責任といえば第2次森内閣の組閣劇も相も変らぬ派閥次元のやりとりに終始したようです。大臣任命に際しては国としての政策において今何が重大なのか、その課題にどう迫っていくのか、そのためにはこうした人材がトップになるべきではないか、という当たり前の議論がまだまだ日本の政治ではなされていません。いまだにどこかの村の世話役を決めるようなやり方が通用している永田町の実態を見ると、日本という国は本当に落ちるところまで落ちてしまう気がします。これでは、今まで通り実のところ霞ヶ関になめられっぱなしという実態は変わらないでしょう。
その霞ヶ関も来年6日から新省庁体制となります。今月は新省庁体制に関連した予算編成や税制改正の人事などが相次いで決定しますが、今のところ新省庁体制のスタートに際して、例えば旧来の公共事業のあり方や政策決定システム、縦割り行政の弊害などの1つでも大きく変革される兆しはないようです。加えて、新省庁の幹部人事も一緒になる省庁のタスキがけ人事や、国会決議を無視した形の巨大官庁から小官庁(国土交通省から環境省に幹部クラスを出向させる)への植民地的人事が平然と行われています。いったい新しいこの国の"かたち"を創るとした政治主導による高まいな理念はどこに行ってしまったのでしょうか。
地球温暖化対策ルールを決めるハーグ会議の行方
◇ ―COP6のあとを日本はどうすべきか― ◇
2000/11/08(Wed) 文:(水)
オランダのハーグで13日から2週間開かれる気候変動枠組み条約第6回締約国会議(COP6)において、京都議定書(1997年12月採択)の運用ルール策定に国際的合意が成立するかどうかは五分五分と見られています。きびしい交渉になると見られている理由は、温暖化対策としての炭酸ガス(CO2)の削減が、今後2010年頃までの先進各国間の経済競争を左右する一方で、政府の貿易ルールなどにも影響を与え、さらには国民生活のありようにも変更を迫る可能性があるからです。
一方、圧倒的多数の参加国となる途上国側は「地球温暖化の原因の大半は先進国による経済活動」との共通認識の下、従来以上の追加的支資金や技術協力等を要求するとともに、先進国によるCO2削減ルールの具体化にきびしい注文をつけています。
つまりCOP6の対立構造は先進国VS先進国、先進国VS途上国というもつれた糸のようなものです。かつて地球温暖化問題の重要性を見抜いていた故竹下登元首相は「世界各国がチエを出し合って地球の使用料のようなものが必要になる」と語ったことがありましたが、そこまで各国が共通認識を持つまでにはまだ相当時間がかかると思われます。
このCOP6で決まるであろうCO2削減のためのルールが国内のエネルギー政策や環境政策、農林業政策、都市政策などに大きなインパクトを与えるとにらんで、通産省や環境庁などは新たな政策措置の検討を急いでおり、関係する審議会や委員会は関係省庁でも10をゆうに越えるほど存在します。これら審議会等はCOP6が終わると次々の国民や企業に対して、ああすべきこうすべきという対策メニューを示すことになります。
ところが、COP6まで1年以上にも及ぶ国際交渉をしながら関連事項の情報提供や情報公開は極めておそまつです。これまでの国際交渉用の議長テキスト等は、合計すればおよそ200ページ以上にのぼると見られますが、日本語をして公表されているのはせいぜい1/20以下に過ぎません。英文では国際機関が随時公表しているといいますが、いったいどれだけの人がこれにアクセスできてそれをきちっと理解できるというのでしょうか。
地球温暖化問題には、やたらと英語や略語が以前から使われることが多い。例えば「CDM」。これを略した日本語が「クリーン開発メカニズム」とされているがこれでもわかりにくい。極めて限られた学者や専門家は理解できても、一般の人がそれを咀嚼するのはとうてい不可能と思います。最近は報道機関向けの記者会見でもナマの英文資料が出され、理解できないのはお前たちが悪いといわんばかりです。ちょっと待ってくれ、私は欧米人ではなくレッキとした日本人なのだと歯ぎしりをする場面が多いのです。 お役人が不自由しない英語をマスターしたのも我々の税金ではないかとブツブツいいたくもなります。
地球温暖化問題の重要性が指摘されて約10年経つが、国民一般の関心はむしろ後退気味と言われる。その原因は「京都メカニズム」などに関する専門的な技術論に国際交渉が陥り過ぎているという側面もありますが、もう一つはひと握りの専門家のみにしか通用しない情報提供と節目節目の交渉状況をわかりやすく翻訳・加工して情報開示を行う努力を環境庁がサボっているという単純なことにありそうな気がするのだが、読者諸兄姉はどう思われるでしょうか
(今回は長文になって失礼)
新省庁スタート目前に、問われる行政の自己改革
◇ 組織体制、人事など進行中。分野横断的テーマに成果を ◇
来年1月6日からスタートする国土交通、経済産業、環境など1府12省庁の再編を目前に、先月頃から既存官庁の引っ越し準備、組織体制、人事などが急ピッチで進められています。先進各国の中でも指折りといわれる優秀な官僚集団が新しい革袋にふさわしい発想と政策展開、すなわち自己改革によって沈みかけている日本の「かたち」を再興してもらいたい、そんな期待感が多くの国民の普通の気持ちでしょう。
ところが、長年シミついた官僚集団の習性はそう一朝一夕には変わらないようです。厚生省と労働省は新しく「厚生労働省」となりますが、この省の事務次官室をどのフロアに置くかでもめ、結局双方の省がどちらに吸収合併されたとの印象を避けるため、いまあるそれぞれの事務次官室を壊して双方の顔が立つように両省が入ることになるフロアの真ん中に新しい部屋を置くことで合意したといいます。
目くじらをたてるほどの話しではないといわれればそれまでですが、一般国民からみればいまある部屋を改装して活用すればそれで済むのに、となるわけです。しかし、こうした実態を見ると中央省庁再編の原点がすでに置き忘れられているという気がします。また、新省庁の人事も水面下で進められており、現在は事務次官クラスがほぼ終わり局長クラスの配置の折衝になっているようですが、ここでも大官庁による既得権益の確保や他省への送り込みが様々に画策されているようです。
エネルギーと環境問題はいうまでもなく省庁横断的なテーマであり、例えば道路財源となっている自動車諸税や石油関係税一つをみても、旧態依然の使い道をどう変えていくかという視点からの自己改革が早急に求められているはずで、そうした対応にこそ省庁再編の意義を示して欲しいものです。
グリーン税制と公共事業の見直し
◇ 本格的な環境税制導入の先がけとなるか ◇
2000/09/07(Thu) 文:
水[
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来年1月からスタートする1府12省庁体制を前提にした2001年度予算の概算要求が先月末大蔵省に提出され、関係省庁によるエネルギーや環境関連施策がこれまで以上に重点化された。その背景には、先の通常国会で成立した循環型社会関連6法を具体的に展開する必要性や、今年11月に開催される気候変動枠組み条約の締約国会合を踏まえ国内対策の加速化が迫られるという認識があるようだ。
概算要求とともに提出された来年度の税制改正要望では、自動車に関するいわゆるグリーン税制導入が注目される。昨年は運輸省、環境庁、通産省の思惑が一致せず結局実現しなかった。しかし、今年は石原都知事による例のディーゼル車追放宣言→税制措置含む国を上回る規制の実施方針という強力な援軍に恵まれ、3省庁が足並みを揃え現行自動車税について排出される汚染物質の多少に応じて重課または軽課するという仕組みを一致して要望している。これが実現すると、わが国でもようやく環境対策の度合いに応じて経済的負担を課すという環境税制導入の先がけとなる。
一方で、自民党は政治課題にもなっている公共事業の取捨選択を予算措置とともに年内までに決着させる作業を進めているが、その基準では「時間軸」を重視しているだけで環境保全面からのモノサシは何も用意されていないという時代遅れ認識がまかり通っている。しかも、これら公共事業を支える財源は石油関係税などこれから環境税制を検討する際に避けて通れない見直し問題を抱えているのにである。
わが国には「省あって国なし」という“病”がまたぞろ見られそうだ。
夏本番でエネ政策再構築も本格審議へ
◇ 気になるのは全体の調整機能 ◇
2000/08/02(Wed) 文:清水
一部の学者が指摘するように地球温暖化による兆候が現れているのか、今年の夏はことのほか暑い。夏らしくなることは、経済活動にはプラス効果をもたらすようだが、それにしても暑い。この暑さを多少でも緩和するために、社会の慣行として是非実現して欲しいことの一つに「ノー背広」「ノーネクタイ」(せめて6〜8月)がある。通産省は省エネルックを推奨しているが、それよりも企業活動や役所間でこうした略式を早く当たり前にして欲しいものである。極めて悪評の高い「公務員倫理法」よりも、21世紀の環境とエネルギー制約を考えるならば、社会的な意味合いがよほど高いと思われるのだが…。そうした省エネルギー対策のあり方も含めたエネルギー政策構築のための本格審議が総合エネルギー調査会の総合部会・エネルギー政策WGを中心に8月から始まった。関係する委員会等は石油開発部会、原子力部会、需給部会、省エネルギー部会、新エネルギー部会など5つ以上にものぼる。ところが、これらの事務局は、それぞれ通産省資源エネルギー庁の関係する原課が担うことになっている。本来であれば、同庁の「企画調査課」が総合調整機能を果たすと思うのだが、その組織名の如く「企画調整」の機能は認められていない。総合的な調整がもっとも必要と思われる今回の検討におりて、その役割を果たす組織がないというのも不思議な話しである。
第二森内閣フラフラ発足――首相は環境オンチ?
◇ 川口氏の環境庁長官就任 ◇
2000/07/06(Thu) 文:
水[
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総選挙結果を受けて自民、公明、保守3党による第二次森内閣が
スタートした。衆院選では大敗した自民党が誰も責任をとらない姿
でわが国の新しい内閣が生まれるという国際社会から見ても不思議
な構造がまかり通った。平成における新無責任時代の始まりかもし
れない。
今回の組閣でもう1つ不思議な現象が通産省OB(退職時は環境
立局担当審議官)の川口順子氏が環境庁長官に就任したこと。
ほとんどのマスコミは「森独自カラー発揮の民間人登用」ともて
はやし気味だが、ご本人を本当に「民間人有識者」と認識する人が
どれだけいるだろうか。確かに退職して7年経ち大手企業に在籍し
ていたのは事実だが、それ以前の経歴を見ればレッキとした「官僚
のOB」であることは衆目の一致するところと思う。この人事に森
首相がどんな意図を持っていたのかしらないが、典型的な経済産業
官庁のOBが政策展開としては対局にあるべき環境行政のトップに
座るというのは国際的にも極めて異例だ(本人の評価は別として)。
現実の行政を見ても、循環型社会づくり、環境税制問題、地球温暖
化問題への対応など多くの競合する政策課題が山積しており、それ
ぞれの立場と役割からの掘り下げた国民的議論が必要な時に、経済
産業官庁による「囲い込み」と映るような森首相の今回の任命はう
なづけない。
11月に予定されている「COP6も川口長官が仕切ることにな
るわけだが、森首相はどうも環境政策の重要性がわかっていない"
環境オンチ"ではなかろうか。
これも問われる――景気対策重視か環境保全優先か
◇ 総選挙公約に登場した循環型社会と環境税、景気回復の矛盾 ◇
2000/06/08(Thu) 文:
水[
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3年半ぶりの衆院解散により6月25日投票が決定。与野党とも
選挙公約を揚げこの先数年間に展開する国政への「民意」を汲み
上げるべく激しい議論を展開している。
今回の総選挙では景気対策と財政再建、介護保険など福祉対策
などが重要な争点となっているが、国の安全保障や経済社会活動
に直結するエネルギー問題や危機的様相と指摘される地球環境問
題とて例外ではあり得ない。
特に両テーマに共通する政策として環境税制の導入が主要政党
により打ち出されており、選挙後においては大蔵省等が指向して
いる消費税率のアップとともに、その是非を巡って一大政策論争
が展開されるであろうことは必至の情勢だ。
関連して道路関係税に対するグリーン税制や石油などエネルギ
ー関連税の見直し論議も避けられない。
しかし、先の国会では中長期的な循環資源型社会づくりに欠か
せない新しい制度として関連6法が成立して国をあげて環境保全
施策の強化に取り組むことになった。
クールに考えると、景気対策とCO2排出抑制のための環境対
策は明らかに二律背反の関係にある。景気回復のための経済・財
政措置はほとんどの場合、結果としてCO2排出増をもたらすこ
とにつながるからだ。わが国の場合、これまでこうした基本的な
二律背反の事態にどう対処していくべきかという「民意」を真剣
に問うてきたことがなっかた経緯がある。
望むらくはそろそろそうした問いかけと論争を真剣に展開して
もらいたい。
環境税制論議と企業等の自主的取り組み
◇ ――対策の科学的な費用対効果分析こそ重要では ◇
2000/05/11(Thu) 文:
水[
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既存の自動車関係諸税に環境負荷の度合いを織り込もうという
グリーン税制導入論を皮切りに、大蔵省、自治省、建設省、通産
省、環境庁などそれぞれの省庁の思惑がぶつかる形で環境税論議
が展開されはじめた。裁きの土俵は当面政府の税制調査会になる
見通しだが、地方自治体側は産業廃棄物処理対策などを念頭に自
治体側の独自財源確保の一環として、国による一元的な仕組みに
構築強く抵抗する構えだ。一方、通産省は着手したエネルギー政
策再の観点から、CO2排出抑制と炭素税のあり方も重要テーマと
位置づけている。
また、COP6で詳細が決まる見通しの気候変動枠組み条約京
議定書のCO2削減メカニズムをにらんで、環境庁・中央環境審
都議会は検討チームにより税制を含む経済的措置の導入、規制的
措置、自主的取り組みなどの国内対策を検討中だ。このうち自主
的取り組みの強化には産業界が入り口論で強く反対しているが、
所管している通産省への“気がね”という側面も否定できない。
問題は税制導入にしろ規制や自主的取り組みにしろどれだけの
費用対効果が期待できるのかなのに、各方策に関して科学的な裏
づけのある総合的な調査・分析がなされていない。相変わらず自
分の田にいかに有利に水を引くかにとどまっているように見える
のだがどうだろう。
循環型社会への制度づくりと改めて問われるわが国のエネルギー政策
◇ 省益やシガラミを超えた独自性のあるポリシー必要 ◇
2000/03/01(Wed) 文:
水[
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ドイツの循環経済法制定が先進国をアッと言わせてからようや
く3年以上経って、わが国も今国会で「循環型社会基本法案」の
枠組法をはじめ、個別法として「再生資源利用促進法」「廃棄物
処理法」の改正や「建設工事資材再資源化等」の新規立法化を図
る。
衆議院の解散風は2000年度一般会計予算の成立を見越して
ますます高まりつつあるが、新たな制度化論議も省益やこれまで
のシガラミを排した、せめて10年先くらいを見越した日本発
“循環経済社会法”になって欲しいと思うが…。すでに1992
年に開かれた地球サミットのアジェンダ21では「環境と経済の
完全統合化」が世界共通の行動理念・計画として採択された経緯
もある。
一方、約37年にわたって地元で推進・反対の抗争が続いた中
部電力の芦浜原子力新規立地が白紙撤回となり、日の丸原油の確
保として自主開発原油確保の象徴だったアラビア石油の権益延長
もノーの結論となった。
そして3月21日には戦後の9電力体制を今日まで支えた独占
的電気事業が一部自由化され、市場競争化の世界に入る。米国を
筆頭とする経済のグローバリズムをまともに受けたとみられるが、
本当に食糧と並んでエネルギーの安全保障は大丈夫か、CO2を
はじめとする地球環境問題に対応していけるのか不透明な材料が
多い。自然エネルギーの導入加速化のための対応も関係機関の利
害調整に時間がかかりそうだ。
自然エネルギーと原子力、そして公害と環境問題
◇ 多くの問題に対する優先順位の確立を ◇
国会は荒れ模様だが、解散前には正常化すると思われる。この国
会には今後の環境問題やエネルギー政策のあり方を左右する法案
提出が予定されており、政治の空白には気がもめる。
超党派国会議員約260人による自然エネルギー促進議員連盟の活
動が活発になる一方で、原子力の新円卓会議や長期計画策定会議
では、「脱原発シナリオ」づくりの議論もでている(おそらく脱
原発の非現実性シナリオになる公算大だが)。
一方で、尼崎公害裁判の“画期的”な判決によって、未だに解決
していない大気汚染公害(ひいては自動車排ガス問題→ディーゼ
ル車の是非論)も賑やかになりそうだ。足元の公害問題に加えて
地球温暖化対策でのCO2排出権論議も盛んになっているが、そ
れらの問題をいっペンに解決するのはどだい無理な話しであり、
タイムスケジュールの伴った優先順位づくりこそ今必要ではなか
ろうか。
新世紀に向けた助走の年、環境・資源エネルギー・コンピュータ社会
◇ ――環境問題をより広く・深く・多面的に捉えてみたい ◇
2000年という節目に存在する同時代の皆さん、新年おめでとう。
今年も「エネ環net」をよろしくお願いします。
その節目の年の第一報は「雪」に注目しました。偶然ですが、毎
日新聞元旦の山形県内版トップ記事も雪の利活用特集でした。
やっかいものだった雪を冷暖房や米などの備蓄のためのエネルギ
ーに活用しようという発想です。
雪の冷熱利用は当然ながらCO2を出さず地球環境にやさしいわ
けですが、それにとどまらず、エネルギー確保を従来のような大規
模拠点集中供給型から文字通り地域分散型方式に転換しようという
ものです。
同時に、こうした対処は今までの地域社会における生活スタイル
や経済構造をも変える可能性を持っています。環境問題への対応が
きたるべき21世紀の世の中を変えると指摘されていますが、より広
く、深く、多面的に捉える試みが地方の片隅ですでに始まっていま
す。
「循環型社会元年」というキャッチフレーズも、予算措置の多寡
だけではなく、政策目標や哲学を大きく広げて欲しいものだと思い
ます。
参考リンク:http://www.enekan.net/cgi/closeup.htm
21世紀に向けてジャンプするか循環型社会づくり
◇ 自民・公明・自由3党の新法調整、石原知事の張り切りぶり、モントリオール議定書締約国会合 ◇
きたるべき21世紀は真に環境の時代という学者もいる。政府与党もそれを意識してか「循環型社会形成法」なる法律制定を急ぎはじめた。一方で、石原知事の我が道を行く式の「ディーゼル車NO作戦」も、どこまで本気か疑っていた自動車業界を慌てさせはじめた。循環型社会づくりからいえば、自動車が必然的にもたらしている環境汚染や交通事故、地域社会へのマイナス影響は見逃さられるはずもなく、石原知事はむしろ国より一歩先んじて張り切っているのかもしれない。
また、オゾン層の修復に50年以上はかかるといわれながらも、今回のモントリオール議定書会議では代替フロンの生産全廃までは決定できなかった。このフロンの世界はまだ循環型スタイルにはなっていない。一方、資源の循環的な利用にもっともふさわしい新エネルギーに関して、通産省がその導入普及を一段と加速させるため、初めて部会を設置した(ショートWeekly 欄)。
参考リンク:http://www.enekan.net/cgi/closeup.htm
エネルギーの大競合時代と環境問題
◇ 電力もガスも石油も垣根なしの時代に突入するが・・・ ◇
現在の電気需要の約30%を来年3月から自由化するという電気事業の部分自由化ルールが最終的に決まり、制度に必要な関係省令、ガイドラインが告示された。従来は電力会社に対等な競争相手がいなかったが、今後は自分で顧客を見つければ一定使用規模以上の電気供給は誰が行ってもよいことになる。
もちろん、国内のガス事業や石油会社、鉄鋼会社さらには商社と組む米系企業もその市場参入を担っている。第3レポートにもあるように、一方で間近に迫った燃料電池の商用化によるエネルギー・自動車業界などの流動化も予想されている。すなわち、わが国もエネルギーの大競合時代を迎えることに。しかし、他方で第一レポートにもあるように「循環社会法」の制定が地球環境など環境問題の解決に不可欠という認識も強まりだした。この新しい制度では、エネルギーという貴重資源や環境的資源の利用のあり方まで踏み込んでいないようだが、環境問題の改善にとって明らかにマイナス要因となる、エネルギー競合化時代の到来→価格引き下げ圧力という二律背反現象をどう解釈するかの問題にいずれぶつかることになりそうだ。
参考リンク:http://www.enekan.net/cgi/closeup.htm
原子力と自然エネルギーの共存
◇ どうすれば“戦力”になるか共存の道を探る時期 ◇
茨城県東海村での臨界事故により日本のエネルギー政策の中核としてきた原子力推進路線に暗雲が立ちこめている。東海村の臨界事故と原子力発電の安全性には異質なものがあるのは事実だが、原発立地市町村をはじめとして潜在的な“原子力アレルギー”の強い一般国民にはそれを理解してもらうのが簡単ではない。
一方、国会では東海村事故を踏まえた「原子力防災対策特別措置法案」と「原子炉等規制法の一部改正案」が衆院を通過するとともに、超党派の議員約220人が「自然エネルギー促進議員連盟」を正式に立ち上げ、今後自然エネルギーの導入促進法や電力会社による買い取り義務づけ問題などをテーマに、活発な活動を行うことを打ち出した。今週号の特別レポートでも、神戸大の阿部教授が関連するテーマについて問題提起されている。
通産省や電力会社も自然エネルギーのマイナス面にのみ目を向けるのではなく、どういう活用の仕方であれば立派な“戦力”になるか、そのためのコスト分担方法は?などなどそろそろ一緒になって共存の道を築く時期にきている。多くの人は、自ら使っている電気の約40%も原子力に依存していることはなんとなく知っており、それを東海村事故があったから止めるべきとはおそらく思っていないのだから。その方が社会全体としての様々なリスクも軽減されるはずである。政府・与党は他方で「循環社会法」という法律の制定準備も進めているし・・・・・・。
参考リンク:http://www.enekan.net/cgi/closeup.htm
臨界事故と環境問題
◇ どうして原子力だけが特別なの? ◇
わが国では「起こるハズがない」といわれた原子力の臨界事故。政府はこのほど、エネルギー政策の根幹に関わる事態との認識の下で、事故発生の際の対処とは別人のような迅速さで、「原子力災害対策特別措置法案」や「原子炉等規制法の一部改正案」の国会提出、さらに原子力発電所などの立地する地域に「緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)」などを整備するための予算約1,300億円を2次補正予算案に計上した。
地震や台風被害などこれまでも多くの災害・事故はあったがこの種の対策としては異例の“特別扱い”である。しかし、JCOのある茨城県東海村の住民にはまだまだ健康不安や商売の不振、いわれなき中傷が続いており、事態の収拾にはまだほど遠いのが現状だ。
法制化を決めた原子力災害対策法は、かつての「絶対安全神話」を根本に転換したものだが、その法体系は依然として環境関係の法制度傘下には入らないという“特別扱い”を踏襲している。つまり、東海村事故であれだけ放射線被曝被害など地域の環境問題として注目されたにもかかわらず、環境関係の法律や所管とは別の世界で今後も対処されることになる。一方で、原子力発電の推進は、CO2削減など地球温暖化対策にとって絶対不可欠な方策と位置づけられ、環境問題への大きな寄与が強調されているのに、なぜ環境関係の法律が及ばないという特別扱いが今後も続くのか、どうしても理解ができないのだが…。
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